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2024.04.15

「世界で例外の低さ」食料自給率38%の日本が直面する深刻な危機

かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著です。2023年7月26日発売の幻冬舎新書『買い負ける日本』は、調達のスペシャリスト、坂口孝則さんが目撃した絶望的なモノ不足の現場と買い負けに至る構造的原因を分析。本書の一部を抜粋してお届けします。第8回。

Sergio Camalich/Unsplash ※写真はイメージです

経済力が落ちた日本の食料自給率が抱える課題

よく知られる数字だが、カロリーベースの食料自給率は38%だ。主食のコメは75%で健闘しているものの、小麦は17%、畜産物も16%にすぎない。カロリーベースだけではなく生産額ベースも下がっている。

もともと日本は記録の残る1930年には小麦の自給率は67%だった。戦後まもなくも40%を超えていた。しかし米国からの要請で過剰な小麦在庫を引き受け、学校給食でもパンを採用した。次にコメが過剰となり、小麦は世界への依存が高まっていった。

ロシアとウクライナは小麦の世界輸出量の3割を占めていた。戦争により、あるいは政治的に同二国からの供給が減ったのだから世界的な高騰は当然だった。どの国も世界価格に影響を受ける。アメリカ産やカナダ産も上昇した。

政府は農家減少に歯止めをかけようとしたり、国内堆肥の活用、国内での小麦の生産への補助金を出したりしている。2030年までには食料自給率を45%までに伸ばそうとしているが、楽観はできない。

さらに、重要な穀物にトウモロコシがある。2020~2021年にはトン100ドル強だったのが2023年初頭には250ドルほどに急騰している。中国が米国からの輸入を増やしている。米中経済戦争の結果、中国が交渉の末、米国に米国産の輸入増を約束した結果だ。中国は米国に依存する形になった。そこでウクライナ戦争が起き、取り合いが本格化した。

ウクライナは世界のトウモロコシ輸出の10%強を占めていた。食料生産地帯を被害地とする戦争は市場を高騰させた。さらにウクライナの農家は穀物を長期保存する空調設備を有していない点も痛手だった。また、世界各地で天候不順もあったし、穀物を使ったバイオ燃料の需要も高まった。さらに日本は調達困難を味わった。

日本で食料・農業・農村基本法が策定された1999年から24年が経った。同法は食料の安定供給の確保を狙うものだった。ただ、そこから食料自給率は横ばいで上昇していない。ただ、よく横ばいで踏みとどまったというべきか。農業に従事する人は123万人でほとんどが60歳以上。さらに廃業を選ぶ人たちもいる。当然、農地も総産出額も減っている。

ここ近年、生産資材の高騰で農家は危機的状況に陥った。実際に農業関連企業の倒産状況を見るとコロナ禍が始まった2020年、2022年は過去20年で最多件数になっている。海外からの肥料や飼料は高騰。しかも国内では高く買ってもらえないからコストを自ら負担するしかない。

高度成長期であれば文字通り日本は成長していたため、食料が値上がりしても調達できた。しかし相対的な地位は下がっている。もちろん無策だったわけではない。日本は第二次世界大戦を経て、さらに米国の禁輸措置、1973年の「大豆ショック」も経験したため予防的な取り組みを開始していた。他国への調達ソースの拡充や資金援助なども広げた。

ただ現在では日本は食料の相対的な購買力が落ちている。100円で仕入れたものを200円で販売しているとする。仕入原価は50%だ。もし、諸外国の成長やインフレによって仕入れるものが200円になったとする。自国も成長し仕入れ価格の倍400円で販売できれば問題がない。ただ、日本はそうではないので「調達する力」が落ちている。

昔の経済力のままなら既存の構造で良かったのかもしれない。1998年には世界のなかで農林水産物をもっとも輸入しているのは、533億ドルの日本だった。日本は最重要顧客で誰もが日本を向いていた。しかし人口急増と経済成長により、2021年には中国が1251億ドルとトップになった。

なお中国は世界の食料消費量に占める比率として、野菜と豚肉で50%前後、果物・穀物が25%前後と、圧倒的な状況にある。

自前生産にも力を入れる中国の狡猾さ

なお私は日本がマグロで買い負けた、という事実を、アフリカ各国が穀物で買い負けて飢餓に苦しんでいる状況と照らし合わせることはしたくない。アフリカ各国はウクライナ産以外の割安な小麦を調達しにくく、食料不足に陥っているといわれる。

ただし、アフリカ各国のように、日本は所得の大半を食料品に費やしていない。すぐさま日本国民が飢えるとはいいすぎだろう。その点で私は単純な食料危機論者ではない。穀物輸出国が完全に輸出停止する可能性はなくはないが、輸出国内の市況が暴落するだろう。穀物が運べなくなる可能性もなくはないが、そうなれば原油などの輸入停止のほうがはるかに大影響を与えるだろう。また、現実的に農業、とくにコメの政策しだいではただちに国民が餓死することはないはずだ。

私がもつのは健全な危機意識だ。同時に、まったく対策をしなくてもいいと主張する楽観主義者でもない。じわじわと貧しくなるこの国の現状をまずは直視したいと思っている。

少なくとも日本を取り巻く状況が変わっていることは知っておきたい。

日本が1955年9月に加盟したGATT(関税及び貿易に関する一般協定)を引き継いだWTO(世界貿易機関)で日本は主要国の一つに数えられる。日本は世界の貿易システムを活用し食料の安定的な輸入を実現してきた。同時に、かつての日本官僚は対策も講じていた。

たとえばWTO「農業に関する協定」の12条には「輸出の禁止及び制限に関する規律」とある。その1(a)項には「輸出の禁止又は制限を新設する加盟国は、当該禁止又は制限が輸入加盟国の食糧安全保障に及ぼす影響に十分な考慮を払う」とあり、(b)項には「加盟国は、輸出の禁止又は制限を新設するに先立ち、農業に関する委員会に対し、実行可能な限り事前かつ速やかにそのような措置の性質及び期間等の情報を付して書面により通報するものとし、要請があるときは、輸入国として実質的な利害関係を有する他の加盟国と当該措置に関する事項について協議する」とある。

ややこしく書かれているが、食品輸出国はたやすく輸出を止めないでくれ、と規定している。この箇所は日本の要請による追加であり、この提案を主要国に打診したのは交渉終了のたった2か月前だったという。当時それだけ危機感があったのは間違いない。

しかし現実はどうだったか。まずコロナ禍で各国の食品輸出制限が増えた。金融危機の際にも食料輸出の制限が起きたものの、コロナ禍とウクライナ戦争がさらに増加させた。欧州、アジアともに見られ、食料生産国が事実上の自国への囲い込みを実施した

これを「食料ナショナリズム」と呼ぶ向きもある。品目でいえば、小麦、パーム油、トウモロコシ、ひまわり油、大豆油などだ。当然ながら日本も影響を受けた。

なお小麦のように農産物備蓄として確保している品目がある。日本ではくわえて、コメ、トウモロコシ等の飼料穀物だ。逆にいえば、それ以外の品目は市場価格が商品価格に、より影響を与える。

WTOのルールが有名無実となってしまった現実に私たちは怒るべきだろう。とはいえ、冷静に考えると影響を与えた各国をさほど責める気にもなれない。各国の政府や行政は当然ながら自国優先で動く。自国民を飢えさせないためには当然だ。WTOのルールが揺らぐなか、世界は食料危機の可能性に直面している。

日本も対応しなければならない。とくに、先進国のなかで日本の低い食料自給率は例外的ともいえる。オーストラリア、カナダや米国等の国々とはかなり異なる。これまで日本は、世界の平和を大前提とした食料調達を行ってきた。しかし現実にウクライナ戦争が起き、世界各地で有事が予想されるなか世界各国の協調が揺らいでいるのだ。

しかも日本は低成長にあえいでいる。過去のように各国に比べてお金がない現実のなかでおののいているように見える。

ところで、そのいっぽうで狡猾なのが中国だ。私は中国の政策を褒めるのに逡巡する。表面的に見えるのは失敗を剥ぎ削いだ片鱗かもしれないからだ。それでもやはり老獪な面が目立つ。

中国は日本の状況から学んだのか、食料安全保障の実現を推進するために食品の国内での生産を強化するとした。中国は自前での自給率上昇を諦めていないのだ。

たとえばトウモロコシ。賛否はあるものの、中国はトウモロコシの遺伝子組換え種を認可。これにより収穫量の向上を図る。また代替品の技術も開発している。

さらに中国は養豚場の建設を急ピッチで進めた。もとはアフリカ豚熱の発生がきっかけだ。これはASFウイルスが豚やイノシシに感染する伝染病で、アフリカ、ロシア、欧州、インド等で発生している。もちろん中国は世界中から買い漁るとともに、冷凍ものの豚バラ肉の調達量を増やした。

ただそれだけではなく、自前生産の可能性も捨ててはいない。世界からの豚肉の供給に影響が出たため、中国政府は農地規制を緩和、ビル型の養豚場を許可した。これで大半の豚肉を自給する予定だ。

*   *   *

この続きは幻冬舎新書『買い負ける日本』をご覧ください。

この記事は幻冬舎plusからの転載です。
連載:買い負ける日本
坂口孝則

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