ただ時を刻むだけではない。高級時計は、人生を新たなステージへと導いてくれる。時計に魅せられた男たちが語る、その奥深き世界。今回は、UNDULATIONオーナーのH.H氏に話を聞いた。【特集 時計をつける悦び】

UNDULATIONオーナー。1971年生まれ。2003年に起業。現在、多くの会社を経営する。2025年5月、ギャラリー「UNDULATION BOUTIQUE」を開業。着用しているのはパテックフィリップ「ミニッツリピーター パーペチュアルカレンダー」。
独立時計師の工房は創業の頃を思いださせてくれる
わずかな光しかない、夜の銀座をH氏は歩いていた。2011年3月半ば、東日本大震災の影響で百貨店やブランドショップ、飲食店などの多くが休業していた。だが、そんななか光を放っている店が数店舗あり、そのなかのひとつが有名時計店アワーグラス銀座店だった。
「虫が光に引き寄せられるような感じだったと思います(笑)。ショーケースに広告で見たことがあるパテック フィリップのクロノグラフが飾ってあって、すごく素敵だった。他のお客さんもいなかったので、それから1時間くらいじっくり時計の話を聞いた。それがきっかけで機械式時計の世界に興味を持つようになりました」
それまで時計を購入する際、「デザインとブランドしか見ていなかった」というH氏は、アワーグラスという時計の世界の信頼できる“案内人”を得て、その奥深い道に入り、学び、のめりこんでいくことになる。この時期、H氏のビジネスはちょうど岐路にあったという。
「2003年に創業して数年間は厳しい日々が続きましたが、次第に会社も大きくなり、上場するかどうかというタイミングでした。その頃スイスのパテック フィリップ本社でティエリー・スターン社長に会って聞いた話が、パテック フィリップは東日本大震災の年、被害にあった方々の時計のメンテナンスを最優先するために必要であれば新作を発表するのをやめてでも、サポートしようとしたということ。利益を度外視してでも『やるべきことをやる』判断ができるのは、非上場企業だからということも聞いて。僕の会社もそうありたいと思い、上場しないことを決めました」

H氏が今も懇意にしている、モダンでエレガントな内装デザインが特徴のアワーグラス銀座店。時計をじっくりと選ぶためのプライベートなスペースも完備する。
つけている時計が信頼を与えてくれる
所有している高級時計の数は、「数えたことがない(笑)。パテック フィリップを入り口にヴァシュロン・コンスタンタン、オーデマ ピゲ、A.ランゲ&ゾーネ、リシャール・ミルなど、さまざまな時計を購入し、それらすべてのブランドのスイスの工房に招待されたこともあります。その旅でワインやヨーロッパの建築など、時計以外のことについて学ぶ機会も多くありました」
自身が高級時計を購入する理由は3つあるとH氏は語る。
「まずは自分のスタイルに合うものを選ぶ楽しさ。それから気に入った時計を並べて眺める自己満足(笑)。そしていちばん大きいのが時計を通して出会う人々。僕なんて雑草みたいな経営者ですが、つけている時計が僕に信頼を与えてくれて、普通なら会えないような人との人脈を築くことができた。この人脈をビジネスに活かそうと思ったことはありません。ただ、ティエリーさんもそうですが、彼らから多くの人生の教訓を得て、自分自身が成長できているような気がしています」
ここ数年は独立時計師の世界に魅了されている。
「成長過程の独立時計師のアトリエを訪ねると、ケースを磨く人、ムーブメントを組む人という感じで、1本の時計をつくっている人の顔が見える。そういう光景を見ると、自分が創業した頃を思いだす。時計は小さなネジが1本ないだけで機能しなくなる。会社とか組織と似ていると思いませんか。そういうところにもすごく共感するし、惹かれるんです」


2025年5月、恵比寿の閑静な雰囲気の一角にオープンしたUNDULATION BOUTIQUE。H氏がオーナーを務め、現代アートを楽しめる新しいスタイルのギャラリー。
この記事はGOETHE 2026年1月号「特集:つける悦びを知るLUXURY WATCH」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら

