昨今の腕時計には、デザインやメカニズムに意匠を凝らしたものが増えているが、実は18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパの王侯貴族たちを虜(とりこ)にしていた複雑時計がある。それが、オートマタと呼ばれるからくり時計だ。
歴史と文化を持つオートマタは時計趣味の最終到達点
ゼンマイを動力とし、細かいパーツを動かすことで、時計のダイヤル上で鳥をさえずらせ、人を踊らせ、聖書の世界を再現する。実用性や機能性といった価値を超え、ただ人を驚かせ楽しませたい、そんな気持ちから生まれたものだった。
この「高度な技術で時計を遊ぶ」というからくり機構、オートマタが今再び脚光を浴びている。その背景にあるのは、時計技術が極限まで高まっていること。そして腕時計にそこまで実用性を求めなくなった結果、進化の方向性の自由度が増したという理由もあるだろう。
近年、このオートマタに力を入れているのがルイ・ヴィトンだ。言わずとしれたラグジュアリーメゾンは、時計専業ブランドではないため時計界の常識を軽やかに超えることができる。「タンブール ファイアリー ハート オートマタ」は、メゾンのウォッチメイキングアトリエである、「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」が製作したもの。
8時位置のプッシュボタンを押すと9時位置のハートが割れてメッセージが出現し、バラの中のモノグラム・フラワーが回転、バラの棘(とげ)が出てくる。そのロマンティックな機構は、無限の創造性を表現しているのだ。
また、パリのハイジュエラーであるヴァン クリーフ&アーペルは数々の傑作オートマタを生みだしてきたことでも知られ、近年は“エクストラオーディナリー オブジェ”と命名された美しいクロックにも話題が集まっている。
その一方でスイスの時計ブランド、ジャケ・ドローはブランドのルーツである天才時計師ジャケ・ドローがオートマタを得意としていたという経緯もあって、この機構へも深い情熱を傾けている。
さらに現代の最高峰時計師のひとりであるフランソワ‐ポール・ジュルヌ氏は、5本の指の折り曲げ方で、時を表示するという独創的かつ高度な機構を考案した。
どのモデルも時刻を表示するためのものではなく、時間を忘れて優れた技巧を楽しむもの。多忙な現代のビジネスパーソンが、時間から逃れるための優雅な遊びであり、時計界最高の贅沢と言えるだろう。
1. ルイ・ヴィトン|甘くて激しい世界をロマンティックに表現
8時位置のプッシュボタンを押すと、実に7つのからくり仕掛けが13秒にわたって作動する。また初めて自社のアトリエで製作したエナメルダイヤルを使用している。
2. ヴァン クリーフ&アーペル|アーティスティックな時計で眼福なひと時をつくる
時刻は台座の回転リングで表示。オンデマンド式のアニメーションを作動すると、シクラメンの花が広がりその中央から蝶が出現、パタパタと羽を動かす。詩的な世界を楽しもう。
3. ジャケ・ドロー|ファンタジーの世界をその腕に巻く
映画界で活躍するファンタジーアートの第一人者ジョン・ハウが描いた壮大なドラゴンが、オートマタの技術で生命を吹きこまれた。舌や尾、背びれが動く姿は圧巻だ。
4. F.P.ジュルヌ|映画監督コッポラとの会話から生まれた機構
「手で時刻を表現できるか? 」というコッポラの問いへの回答がこれ。最大で4本の指を瞬時に動かすパワーマネージメントは、かなり高度な技術。回転ディスクが分表示。