ロンドン生まれの折りたたみ自転車ブランド「ブロンプトン」は、1975年の創業から50年。いまや世界中で約120万台が走り、都市生活者の“足”として愛されている。そんなブランドの節目の年に、CEOウィル・バトラー=アダムス氏が東京で語ったのは、単なるプロダクトの話ではなく、「都市の幸せ」と「これからの50年」のビジョンだった。

高品質な折りたたみ自転車ブランド「ブロンプトン」は、1975年にロンドンで誕生してから50年。いまや世界で120万台以上が走り、各都市ではコミュニティも生まれている。その節目の年に東京を訪れたウィル・バトラー=アダムスCEOは、こう言い切る。
「私たちの目的は利益ではありません。都市に“自由”と“ハピネス”を取り戻すことです」

“ブランド”ではなく“プロダクト”を積み上げてきた50年
ブロンプトンの特徴といえば、シンプルに折りたためて3分の1サイズになる軽量かつコンパクトな構造。アイデンティティともいうべき、その小さなフレームのなかに、都市生活の課題解決をぎゅっと詰め込んできた。折りたたんで電車やエレベーターに乗り、知らなかった街へ走り出す――その体験が、移動をただの“手段”から自分を整える豊かな行為へと変えていく。
「ブロンプトンは“トレンディなブランド”と言われることもありますが、本当に大事なのはそこではありません。すべての基盤にあるのは“自転車そのもの”、つまりプロダクトなのです。私たちがつくる折りたたみ自転車は、都市をより自由に楽しみ、身体的にも精神的にも健やかに生きるための選択肢です。そしてそれは、持続可能な未来を実現するためのムーブメントでもあります」

体験が、移動をただの“手段”から変えていく。
この半世紀で、東京をはじめ世界中の大都市には、人とモノが集中した。便利さと物質的な豊かさが増す一方で、アダムスCEOはこんな疑問を投げかける。
「東京は世界有数の大都市になりました。しかしでも、そこで暮らす人は本当に以前より幸せになったのでしょうか?」
満員電車で通勤し、疲れ切ったまま帰宅し、ベッドに倒れ込むだけのルーティン。大気は決してきれいとはいえず、運動不足で健康状態もよくない。窓の外を指しながら、彼は続ける。
「東京という街は“人”ではなく、“車”を中心に設計されています。優先されているのは、目の前にいるあなたではなく、車なんですよ」――アスファルトと自動車の排熱で、ますます過酷になっていく都市環境。だからこそ、自転車の価値を取り戻すべきと、アダムスCEOは強調する。
記念モデルに込めた“手仕事”と責任
50周年を記念した「Brompton 1975 Edition」を紹介してくれたアダムスCEO。フレームには象徴的な“手ロウ付け(ブレージング)”があえて露出され、溶接を担当した職人のサインとシリアルNo.が刻まれている。
「マスターブレイザーになるには、最低でも3年の修行が必要です。だから、会社を急激に大きくすることはできない。職人を育てながら、少しずつ成長していくしかないんです」
ブロンプトンの工場ではいまも、職人たちが手作業でフレームを生み出している。受け継がれてきた伝統的な工法はそのままに、本国で販売されている電動モデルには、ウィリアムズF1チームの最新エンジニアリングまでも融合させているのだ。
「ブロンプトンにとって最大のサステナビリティは、“永く使い続けられること”。これまで販売したすべての自転車には製造番号を打刻し、記録しています。今日1台を売るということは、30年後もそのバイクを修理し続けるために、ブランドを存続させなければならない、ということでもあります」

日本とブロンプトン、そして「ママが安心して走れる都市」を目指して
アジアで最初にブロンプトンが販売された国が、日本だという。現在はおよそ5万人のオーナーが存在し、日本の正規インポーターも発足した。
「イギリス人と日本人には共通点があります。少し保守的で、少しクレイジー(笑)。そして何より“クラフトマンシップと品質”への深い敬意を持っている」
一方で、自転車を取り巻く環境については辛口だ。
「正直に言って、東京は世界の大都市の中でも“自転車が走りにくい”都市のひとつです。自転車レーンは少なく、政策もまだまだ“車優先”。ママチャリに乗るお母さんたちを、あの車道のブルーのラインに追い出すなんて驚きました」
そこでアダムスCEOが提示するのが、「母親が安心して走れる街」を基準にした都市設計だ。
「日本でいちばん自転車に乗るのは“お母さん”です。その母親が安心して走れる環境を整えれば、自然と多くの人が自転車に乗るようになります。日本を変えるために必要なのは、たったひとつ――“野心(アンビション)”です。まずはビジョンを掲げること。そこから一歩ずつステップを踏めばいい。東京も大阪も、人を第一に、車を第二にするビジョンが必要なんです」

ブロンプトンは、創業者アンドリューと仲間たち、そして現経営陣が共同で所有する独立系企業だ。株主は短期的な利益ではなく、長期的な社会インパクトを重視する。コロナ禍やブレグジット、業界不況をくぐり抜けながらも無借金経営を貫き、「次の50年」を見据えている。最後にアダムスCEOは、日本のコミュニティに向けてこう呼びかけた。
日本の約5万人のオーナーとともに、次の50年へ
「日本には約5万人のブロンプトンオーナーがいます。日本チームも立ち上がり、ここからもっと大きなインパクトを生み出せると信じています。人生は短い。だからこそ、仕事も、街づくりも、サイクリングも、一緒に楽しみながら変えていきましょう」
50年前、ロンドンの小さなガレージから生まれた1台の折りたたみ自転車。そのペダルは、いま東京から、新しい“都市の未来”へと漕ぎ出そうとしている。




