PERSON

2025.12.27

「母親が安心して走れる街を」――ブロンプトンCEOが東京で語った50年と、これから。

ロンドン生まれの折りたたみ自転車ブランド「ブロンプトン」は、1975年の創業から50年。いまや世界中で約120万台が走り、都市生活者の“足”として愛されている。そんなブランドの節目の年に、CEOウィル・バトラー=アダムス氏が東京で語ったのは、単なるプロダクトの話ではなく、「都市の幸せ」と「これからの50年」のビジョンだった。

高品質な折りたたみ自転車ブランド「ブロンプトン」は、1975年にロンドンで誕生してから50年。いまや世界で120万台以上が走り、各都市ではコミュニティも生まれている。その節目の年に東京を訪れたウィル・バトラー=アダムスCEOは、こう言い切る。

「私たちの目的は利益ではありません。都市に“自由”と“ハピネス”を取り戻すことです」

日本国内初の直営店として2025年春、東京・神宮前にオープンした「Brompton Tokyo」。自転車の販売・メンテナンスだけでなく、ライドイベントなどを通じて都市生活を提案する拠点となっている。

“ブランド”ではなく“プロダクト”を積み上げてきた50年

ブロンプトンの特徴といえば、シンプルに折りたためて3分の1サイズになる軽量かつコンパクトな構造。アイデンティティともいうべき、その小さなフレームのなかに、都市生活の課題解決をぎゅっと詰め込んできた。折りたたんで電車やエレベーターに乗り、知らなかった街へ走り出す――その体験が、移動をただの“手段”から自分を整える豊かな行為へと変えていく。

「ブロンプトンは“トレンディなブランド”と言われることもありますが、本当に大事なのはそこではありません。すべての基盤にあるのは“自転車そのもの”、つまりプロダクトなのです。私たちがつくる折りたたみ自転車は、都市をより自由に楽しみ、身体的にも精神的にも健やかに生きるための選択肢です。そしてそれは、持続可能な未来を実現するためのムーブメントでもあります」

「人類が発明した最も効率的な移動手段は自転車です。私たちはその価値を忘れてしまった。だからこそ、自転車を再び“偉大な都市”に戻さなければならないのです」とはアダムスCEO。

体験が、移動をただの“手段”から変えていく。

この半世紀で、東京をはじめ世界中の大都市には、人とモノが集中した。便利さと物質的な豊かさが増す一方で、アダムスCEOはこんな疑問を投げかける。

「東京は世界有数の大都市になりました。しかしでも、そこで暮らす人は本当に以前より幸せになったのでしょうか?」

満員電車で通勤し、疲れ切ったまま帰宅し、ベッドに倒れ込むだけのルーティン。大気は決してきれいとはいえず、運動不足で健康状態もよくない。窓の外を指しながら、彼は続ける。

「東京という街は“人”ではなく、“車”を中心に設計されています。優先されているのは、目の前にいるあなたではなく、車なんですよ」――アスファルトと自動車の排熱で、ますます過酷になっていく都市環境。だからこそ、自転車の価値を取り戻すべきと、アダムスCEOは強調する。

記念モデルに込めた“手仕事”と責任

50周年を記念した「Brompton 1975 Edition」を紹介してくれたアダムスCEO。フレームには象徴的な“手ロウ付け(ブレージング)”があえて露出され、溶接を担当した職人のサインとシリアルNo.が刻まれている。

「マスターブレイザーになるには、最低でも3年の修行が必要です。だから、会社を急激に大きくすることはできない。職人を育てながら、少しずつ成長していくしかないんです」

ブロンプトンの工場ではいまも、職人たちが手作業でフレームを生み出している。受け継がれてきた伝統的な工法はそのままに、本国で販売されている電動モデルには、ウィリアムズF1チームの最新エンジニアリングまでも融合させているのだ。

「ブロンプトンにとって最大のサステナビリティは、“永く使い続けられること”。これまで販売したすべての自転車には製造番号を打刻し、記録しています。今日1台を売るということは、30年後もそのバイクを修理し続けるために、ブランドを存続させなければならない、ということでもあります」

ブロンプトンのフレームを形づくるスチールチューブ同士を強く、安定して結びつけるためのブレイジング(溶接)。この溶接手法によって、折りたたみ自転車でも、高品質かつ非常に耐久性の高い仕上がりと剛性感ある乗り味が生まれるという。

日本とブロンプトン、そして「ママが安心して走れる都市」を目指して

アジアで最初にブロンプトンが販売された国が、日本だという。現在はおよそ5万人のオーナーが存在し、日本の正規インポーターも発足した。

「イギリス人と日本人には共通点があります。少し保守的で、少しクレイジー(笑)。そして何より“クラフトマンシップと品質”への深い敬意を持っている」

一方で、自転車を取り巻く環境については辛口だ。

「正直に言って、東京は世界の大都市の中でも“自転車が走りにくい”都市のひとつです。自転車レーンは少なく、政策もまだまだ“車優先”。ママチャリに乗るお母さんたちを、あの車道のブルーのラインに追い出すなんて驚きました」

そこでアダムスCEOが提示するのが、「母親が安心して走れる街」を基準にした都市設計だ。

「日本でいちばん自転車に乗るのは“お母さん”です。その母親が安心して走れる環境を整えれば、自然と多くの人が自転車に乗るようになります。日本を変えるために必要なのは、たったひとつ――“野心(アンビション)”です。まずはビジョンを掲げること。そこから一歩ずつステップを踏めばいい。東京も大阪も、人を第一に、車を第二にするビジョンが必要なんです」

神宮前で行われた50周年ライド。CEO自らが先頭を走行。2026年、愛媛県で開催される国際自転車カンファレンス『Velo-city』も、日本の政策転換のきっかけになり得ると期待を寄せる。

ブロンプトンは、創業者アンドリューと仲間たち、そして現経営陣が共同で所有する独立系企業だ。株主は短期的な利益ではなく、長期的な社会インパクトを重視する。コロナ禍やブレグジット、業界不況をくぐり抜けながらも無借金経営を貫き、「次の50年」を見据えている。最後にアダムスCEOは、日本のコミュニティに向けてこう呼びかけた。

日本の約5万人のオーナーとともに、次の50年へ

「日本には約5万人のブロンプトンオーナーがいます。日本チームも立ち上がり、ここからもっと大きなインパクトを生み出せると信じています。人生は短い。だからこそ、仕事も、街づくりも、サイクリングも、一緒に楽しみながら変えていきましょう」

50年前、ロンドンの小さなガレージから生まれた1台の折りたたみ自転車。そのペダルは、いま東京から、新しい“都市の未来”へと漕ぎ出そうとしている。

TEXT=安島利樹

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