PERSON

2025.08.31

スタンフォード卒の起業家で医師、物部真一郎が診断するスタートアップALY

米国スタンフォードでMBAを取得した物部真一郎さんは、精神科医でありながら、これまで4つの会社を立ち上げ。さらに投資家としていくつもの会社に出資する。そんな物部さんが注目の起業家と対談、スタートアップをカウンセリング。なにが優れ、どのような可能性や将来性を秘めているのか? 創業者との対話を通して企業の特徴を紹介していく。今回は医療現場が安心して使えるAIを提供するALY(以下アリー)。代表取締役CEOの中澤公貴さんと取締役COOの丸山由莉さんに話を聞いた。

スタートアップALY1

医療現場にAIを導入

物部 アリーは日本の医療になくてはならない技術をお持ちの会社ではないでしょうか。代表取締役CEOの中澤公貴さんは私と同じ高知県出身で、なおかつ私の仕事と関係のある医療関連の会社を起業されているので、ご縁を感じて今回、お話を伺いたいと思いました。

中澤 ありがとうございます。

物部 実は日本の医療業界は、今、働き方改革が求められていて、私はそうは思いませんが、一般的にはほかの業種に比べて働きすぎだと言われています。業務の効率化や勤務時間の適正化をすべての病院がやらなければならないのが現状です。その一因となっているのが作業効率の悪さ。医療業界はデータの扱いが特にシビアなため、例えば、カルテは電子化されていますが、セキュリティの観点からそれをインターネットに接続できないことが当たり前の世界でした。

そこをアリーはハードウェア、ソフトウェアともに新たに開発して、課題をクリア。医療関係者が生成AIの支援を受けながらカルテを書いたり、カルテからアウトプットを行うことが可能となり、医療の効率化を促進しています。現在病院内で使用されている技術のなかでも、最先端だとされているサービスを提供している会社がアリーなのです。創業メンバーは中澤さんと丸山由莉さんのおふたり。まずは始めたきっかけから教えてください。

スタートアップALY2
物部真一郎/Shinichiro Monobe
高知大学医学部卒。精神科医として勤務したのち、Stanford Graduate School of Businessに入学し、MBAを取得。2014年にエクスメディオ創業、2019年に売却し、2022年に退任。現在は医療サービス開発と投資事業に注力する。日本スタンフォード協会理事。高知大学医学部特任准教授としても活躍中。最近では50歳以上向けのマッチングサービス「ハハロル」を監修したことでも話題に。

中澤 丸山とはカルフォルニア大学バークレー校、いわゆるUCバークレーの日本人コミュニティで出会いました。卒業後、私はデータサイエンス関連の仕事、丸山は戦略コンサルタントや新規事業の開発を行なっておりまして、お互いのキャリアをマッチさせることでアリーが目指す事業内容を実現できるのではないかと思い、チームを組むことになりました。

物部 なにを基準に起業のパートナーを探されましたか?

中澤 私が大事にしていることは、まず根本的な部分で人として信頼できること。特に起業に関しては、ここが重要だと思っております。加えて、自分とは異なる分野で卓越した能力がある人と一緒にやりたいと思っていたので、新規事業の立ち上げやプロダクトの開発に関して、自分よりも長けている丸山に声をかけました。

物部 丸山さんは中澤さんから打診を受けた時にどう感じましたか?

丸山 面白そうだと感じました。そのため、まずは一定期間ともに事業作りの活動を行うことにしたのです。すると途中で法人化したほうが早いよねということになり、そこからはトントン拍子で進んでいきました。中澤も私も2回目の起業で、設立までのフローは把握していましたので。

物部 この事業のどんなところに魅力を感じましたか?

丸山 医療は私にとって未知の領域でしたが、医師の働き方改革をはじめとする事業内容は、それまでの仕事をやめてでも挑戦する価値はあると思い、中澤とともにアリーを始める決断をしました。実は学生時代を過ごしたUCバークレーはヒッピー文化発祥の地として知られ、リベラルな気風で社会問題に関心をもつ学生が多かったこともあり、帰国してなにかを始めるなら、日本を元気にすることをやりたいと思っていたことも理由のひとつです。

物部 おふたりで会社を始められて、4年経ちましたが、今は何名でやられていますか?

中澤 業務委託やアドバイザーも含めて20名弱で仕事をしております。リードエンジニアにはフルスタックと、セキュリティに強いエンジニアがおります。そのうち二人はカナダ人とインド人です。ひとりは丸山の知り合いでもうひとりは私が前職で一緒にサービスを開発していたメンバーになります。テクノロジーの進化のスピードが速く、基本的にAIの分野は新たな情報が海外から論文の状態で発信されることが多いので、エンジニアの母国語が英語であることは、弊社の技術力を維持する上でも強みだと感じています。

中澤公貴/Kimitaka Nakazawa
中学、高校と野球に取り組んだのち、カルフォルニア大学バークレー校へ。卒業後、フィンテック企業のAnyPayやAI開発のAIinsideなどでCDOとしてデータ解析の仕事に従事。2021年、大学時代の友人である丸山由莉とともにアリーを設立。日本の医療業界の明るい未来を創るべく事業に邁進する。

物部 チームの共通言語は英語ですか?

中澤 開発チームは基本的には英語ですが、営業や企画のメンバーに関しては日本語になります。

物部 医療という超ドメスティックなマーケットなのに、超インターナショナルなメンバーで戦っていることが興味深いですね。

中澤 開発面では世界におけるカッティングエッジの技術を活用できる点において、インターナショナルのメンバーは優位ですね。でも一方で、営業は日本の医療従事者にサービスを届けなければならないため、日本語を話す必要があります。難しいこともありますが、弊社の優位性だと考えた上でのチーム編成になっています。

電子カルテから安全にアクセス

物部 アリーが提供するサービス内容を教えてください。

丸山 医師や看護師など医療従事者に向けて、アリーアシスタントと呼ぶサービスを提供しています。このサービスはブラウザーで立ち上がるもので、電子カルテの端末からも使うことができます。そう聞くと普通でしょ、と思うかもしれませんが、実は病院の電子カルテの端末はインターネットにつながっていないことがほとんどです。

理由は個人情報の流出を防ぐため。でも、弊社のエッジ端末を病院に置かせていただくことで、クラウドで動くアリーアシスタントだけを電子カルテの端末から安全に使えるようになります。外部にはつながっていない病院内の閉鎖網、つまりは院内だけのITインフラが整ったオンプレミスの環境が構築されているなかで、クラウドで動くアリーアシスタントにだけインターネットを介してアクセスできるようになっているのです。

物部 どういう仕組みですか?

丸山 インターネットにつながっているアリーアシスタントへのアクセス専用の線と、インターネットにつながっていない院内だけの線、このふたつの線がありまして、両者を結ぶのが、セキュリティ機能を搭載したアリーゲートウェイと呼ぶエッジ端末になります。院内の人がアリーアシスタントにアクセスする場合、認証されたユーザーであれば、院内の環境からのみ、アリーゲートウェイを介してその病院専用のアリーアシスタントにアクセスできるようになっています。

スタートアップALY4
丸山由莉/Yuri Maruyama
カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、ボストン コンサルティング グループや起業などを経て、大学時代の友人だった中澤公貴とともにアリーを設立。医療業界を舞台に新たなチャレンジをスタートした。

物部 セキュリティ対策はどうされていますか?

丸山 ゼロトラストと呼ばれる考え方に基づいたセキュリティシステムを構築しています。文字通り、誰も信用しないという意味で、アクセスに関して誰であっても毎回認証しないと通らないようになっています。アリーゲートウェイが屈強な門番をそろえた検問所や関所のような役割を果たしているのです。加えて、3省2ガイドラインと呼ばれる医療情報システムに関する日本のガイドラインにも準拠したサービスを作っています。

物部 病院がアリーアシスタントを導入することで、 どんなことができるようになりますか?

丸山 メインは医療文書のドラフト、つまりは下書きの作成になります。病院の方が作成しなければならない文書はいろいろありまして、例えば、入院した患者さんが退院した時に必要な文書。主訴や既往歴、治療内容、入院経過など医療情報をまとめたもので、これを書かなければ診療報酬を受け取ることができません。看護やリハビリに関しても同様ですし、ほかの病院への紹介状なども書かなければなりません。

以前はカルテ記事と呼ばれる患者さんの情報がまとめられた診療日記のようなものを遡り、該当する内容を探しながら作成していました。それがアリーアシスタントを使うことで、生成AIが自動で電子カルテの内容を検索してドラフトを作成してくれます。

物部 どのような方法でドラフトができあがるのでしょうか?

丸山 生成AIに指示を出します。指示はプロンプトのような文章の形ではなく、主病名や入退院日など必要な情報を選択したり、入力するだけでOK。できあがったドラフトの右側には、参照情報としてドラフトの作成に使用したカルテ記事を表示。それによって内容の確認や修正を即座に行うことができるのです。アリーアシスタントを使用することで、以前は20分〜30分かかっていた医療文書の作成が数分でできるようになりました。

物部 自分も医師として働いていますが、書類作成業務は最も生産性がないと感じているので、それがパッとできるのは、とてもありがたいですね。また、おそらく医療書類は医師によって書く内容や文章の量が異なっていると思いますが、それがある一定レベル以上に保たれるという効果もあると思います。

丸山 アリーアシスタントは文書の作成に加えて、ふたつの情報の検索もできるようになっています。ひとつが電子カルテ検索で、特定の患者さんのカルテ記事に対して、自然言語、つまり普段使っている話し言葉で質問や指示ができます。例えば、血液検査の情報をまとめてほしいと記入すれば、まとめてもらえるような機能です。

もうひとつが一般検索で、今はチャットGPTのエンジンを使っていますが、これを院内の電子カルテ端末から自由に安全に使えるようになっています。これによってどうなるかといえば、例えば、外国人の患者さんに対して保険会社向けの書類や紹介状などを書く場合に、英語をはじめ、さまざまな言語への翻訳が簡単にできます。

物部 我々のような医療現場で働く者にとって、本当に素晴らしいサービスを生み出していただき、ありがとうございます。こうしたサービスの開発や導入にあたって、難しかったことがあれば教えてください。

中澤 難しかったことだらけですね。直近でいえば、受注から実際にサービスを提供するまでのリードタイムの長さを短くすることが課題です。ヒアリングを何度も繰り返しながら、それぞれの現場に寄り添ったUIやUXを作っていくため、どうしても時間がかかってしまいます。始めた頃に比べれば、学びが蓄積されているので、かなり縮められてはいますが、もっと短くすべく日々挑戦を続けています。

物部 実際にサービスを導入した病院の評判はどのような感じでしょうか?

中澤 医師の方や看護師さんなどのエンドユーザーからは概ね好評です。だからこそ、事務長さんなどの決済者にこの利便性をどう理解してもらうかが契約成立へのポイントになっています。

物部 営業はどうされているんですか?

中澤 いろいろなパターンがありますが、コールドコール、つまりは電話営業するよりも、すでに導入している病院の方に周辺の病院の方を紹介していただくほうが、成約率が高いこともわかってきました。

丸山 現場の人たちにアリーアシスタントを擬似体験していただき、仕事の効率があがることを実感していただくと、決裁される方も納得して導入に至ることが多いですね。医師事務さんがテスト運用する想定でご契約いただいたのに、便利だと感じていただき、看護やリハビリなどほかの部門にも利用範囲が広がることもあります。

中澤 残業が多かった方もアリーアシスタントによって定時で仕事を終えられるようになり、離職率も下げられています。ほかの病院と比べて業務の負担が少ないのであれば、ここで働いてみようと思う人も多く、採用面でも効果を発揮。病院側のメリットも大きいと思います。

目指すところは病院2.0

物部 この先、アリーアシスタントはどのように進化していく予定ですか?

中澤 現在は最初の一歩の段階だと考えておりまして、目指すところは病院2.0。AIドリブンホスピタル、つまりはAIをフル活用することで雑務をする時間を最小化しつつ、人はより患者やクリエイティブな業務に集中できる病院運営ができるような仕組みを構築したいと思っております。アリーアシスタントはAIを活用したソリューションなのですが、ここにいろいろな機能を追加していく予定です。

スタートアップALY10
「おふたりのお話から、アリーアシスタントは医療従事者に使ってもらえさえすれば、受け入れられることは決まっているような、素晴らしいサービスだと感じました」(物部)

物部 医療者がアリーアシスタントの恩恵を受ける場面が、今はおもに書類を書く時になりますが、ほかにももっといろいろなことができるようになるということですね。

中澤 音声検索なのか、文字起こしなのか、いろいろな可能性や選択肢が考えられると思います。その先にあるのは、日々のルーティン作業や雑務をAIに任せることで、医師や看護師のみなさまが限りある時間を患者さんのために最大限使える世界です。さらには病院の事業拡大や、例えば、在宅医療の仕組みの構築などクリエイティブな仕事に費やす時間を増やしてほしい。それによって働く人たちの生活の質も医療の質も向上し、病院側は経営を改善できる。こうした病院2.0の世界を我々こそが実現できる自負があります。

物部 かつてカルテが紙から電子カルテに変わった時には、特に生活が変わることはありませんでしたが、アリーアシスタントの導入によって、最新技術を電子カルテに活かせることは大きいですね。生成AIも使えるようになったことで、医療者の生活も変わっていくと思います。

早く日本にあるおよそ8000の病院すべてに導入してほしいですね。それによって、医療現場で働く人たちの心身に余裕ができれば、医療事故も減少すると思いますし、医療の進化のスピードもあがると思います。つまりは医療を提供する側にも、それを受ける患者さんの側にも、ともにメリットのあるウィンウィンのサービスがアリーアシスタントなのであり、これを提供している企業が、アリーなのです。

ALY
2021年12月創業。医療文書の自動生成・電子カルテの情報検索AIアシスタント「アリーアシスタント」を展開。医療現場が安心して使えるAIを提供することで、1秒でも長く患者に向き合う時間の確保を目指す。

TEXT=石川博也

PHOTOGRAPH=太田隆生

PICK UP

STORY 連載

MAGAZINE 最新号

2025年10月号

NEVER DIE 完全無欠の復活メソッド

ゲーテ2025年10月号の表紙

最新号を見る

定期購読はこちら

バックナンバー一覧

MAGAZINE 最新号

2025年10月号

NEVER DIE 完全無欠の復活メソッド

仕事に遊びに一切妥協できない男たちが、人生を謳歌するためのライフスタイル誌『ゲーテ10月号』が2025年8月25日に発売となる。今回の特集は、トップリーダーの健康と美をかなえる“NEVER DIE 完全無欠の復活メソッド”。表紙には大沢たかおが登場。

最新号を購入する

電子版も発売中!

バックナンバー一覧

GOETHE LOUNGE ゲーテラウンジ

忙しい日々の中で、心を満たす特別な体験を。GOETHE LOUNGEは、上質な時間を求めるあなたのための登録無料の会員制サービス。限定イベント、優待特典、そして選りすぐりの情報を通じて、GOETHEだからこそできる特別なひとときをお届けします。

詳しくみる