防御率1点台の安定感で注目を集める阪神のルーキー。無名からのし上がった伊原陵人が、スターとなる前夜に迫った。

防御率1.51、5勝2敗。阪神ルーキーが先発ローテに定着
セ・リーグで首位独走状態となっている阪神。チーム防御率は12球団唯一の1点台を記録し、盤石の投手陣が快進撃を支えている(2025年7月10日終了時点)。
そのなかで、ルーキーながら先発ローテーションに名を連ね、存在感を放っているのが伊原陵人だ。
開幕当初は中継ぎとして登板し、6試合連続無失点と好スタート。続く4月20日の広島戦でプロ初先発を果たすと、5回無失点の好投で初勝利をマーク。
6月下旬に調整のために一度登録抹消されたもののすぐに復帰し、ここまで12試合に先発して全て5回以上を投げ切り、5勝2敗、防御率1.51と抜群の安定感を見せているのだ。現時点ではセ・リーグの新人王の最有力候補と言えるだろう。
高校・大学では目立たなかった。伊原陵人の“素材型ではない”成長曲線
そんな伊原は奈良県の出身で、高校時代は地元の強豪として知られる智弁学園でプレーしている。初めてピッチングを見たのは2017年5月27日に行われた春の近畿大会、対大体大浪商戦だった。
当時2年生だった伊原は先発を任されると、4回を投げて被安打1、5奪三振、1失点と好投を見せている。ただ、当時のストレートは130キロ台前半から中盤と決して速くなく、170cm・68kgという小柄な体格も相まって、当時は「将来プロで活躍する投手」という印象は持たなかった。
ちなみにこの試合で伊原の後を受けてリリーフしたのが現在広島でプレーしている松本竜也(当時3年)である。高校3年春にはエースとして選抜高校野球に出場。初戦では日大山形を相手に5回を2失点の好投で甲子園初勝利をマークし、ストレートの最速は140キロだった。
高校卒業後は関西の強豪である大阪商業大へ進学。2年秋から先発の一角に定着すると、リーグ戦通算15勝1敗という見事な成績を残した。
全国大会にも4年間で4度出場しており、そのピッチングを見る機会は多かったが、小柄でまとまりのある好投手という印象は大きく変わらず、プロというよりも社会人で長くプレーするタイプという印象を持っていた。大学4年のリーグ戦前に行われた名城大との試合ではこんなメモが残っている。
「軸足一本で真っすぐ立ち、しっかりタメを作って投げられるようになった。ストレートは数字以上に手元で勢いを感じる。110キロ台のカーブ、120キロ台のスライダーを上手く投げ分け、チェンジアップのブレーキも申し分ない。
(中略)
ボールにすごみがなく、高いレベルの打者を相手にした時に疑問。スピードがなかなか上がってこない」
ちなみにこの試合での最速も140キロという記録が残っている。大学卒業時にはプロ志望届を提出したが指名はなく、社会人野球のNTT西日本へ進んだ。
社会人で球速アップ&変化球強化。阪神ドラフト1位右腕が開花した転機
そんな伊原の印象が大きく変わったのは社会人2年目の2024年だ。関西担当のスカウトからも頻繁に名前が聞かれるようになった。
その成長ぶりを目の当たりにしたのは2024年5月31日に行われた都市対抗予選、対パナソニック戦だった。立ち上がりは制球に苦しみ押し出し死球で1点を失ったものの、2回以降は見事なピッチングを披露。7回を投げて11奪三振、1失点の好投でチームを勝利に導いた。
この試合を記録したノートには以下のようなメモが残っている。
「大学時代よりも明らかに体つきが大きくなり出力もアップ。ストレートは常時140キロ台中盤で、ストライクゾーンで勝負できている。
特に高めのボールはホップするような勢いがあり、空振りを奪える。右打者の外角、左打者の内角に狙って投げ切ることができ、コントロールも安定。変化球もスライダーが130キロ近くまでスピードアップし、変化も鋭くなった。
130キロ台中盤のカットボール、130キロ台前半のフォークと速い変化球が全体的にレベルアップした印象。元々良かった緩いカーブ、チェンジアップもストレートが速くなったことで威力を増した。球数が100球を超えて球威落ちないスタミナも十分」
この後に行われた都市対抗の本選でも140キロ台後半のストレートをマークするなど評価を上げ、ドラフト1位での入団を勝ち取った。
大学時代から安定した成績を残してきた伊原だが、社会人でさらなる進化を遂げ、球速・球質ともに大きく向上。ストレートの威力を大幅にアップさせたことが、現在のプロでの好成績につながっているのは間違いない。
阪神という人気球団だけに、注目度やプレッシャーは日に日に大きくなっていくと思われるが、高校、大学、社会人と大舞台を多く経験したことも強みである。ここからさらに成長した姿を見せて、チームの不動のローテーション投手となっていくことを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。