ヴィッセル神戸・酒井高徳選手によるリーダー論、3回目は、今季限りでの現役引退を発表した岡崎慎司選手について。2012年、ドイツ・ブンデスリーガのシュトゥットガルトへと移籍した酒井選手は、チームメイトだった岡崎選手と公私に渡り、深いつながりを築いた。そこで得たのは、悩むことが原動力になるという生き方。それは遠回りかもしれないが、重ねられた時間によって導かれた思考は深い。だからこそ、日本サッカーの教育を変えたいと自身の将来について語ってくれた。
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常に向上心を持ち続けることと、悩み、モガクことを教わった
――2012年にシュトゥットガルトへ移籍しましたが、岡崎慎司さんと同僚でしたね。最初の海外クラブで、日本語を話し合える人がいたのは大きかったのでは?
「もちろん、大きかったですよ。サッカーの面でも生活の面でも支えてもらえたし、岡崎さんがいなかったら、あんなふうにチームには馴染めなかったと思います」
――岡崎選手から受け継いだものとは?
「とにかく、岡崎さんの向上心はすごかった。実はそこが自分に似ているなと思っていました。とにかく彼は満足しない。たとえば岡崎さんはあんなに点を獲っているじゃないですか? でも、点を獲っていることにあの人は、満足していないんですよ。ゴール以外のことで、自分はもっとこうなれるし、こうなるべきだというのをずっと考えている。点を獲れるのはわかったと。
でも、点を獲れなくなってきたとき、獲れない相手になったときに、自分は何ができるか。点を獲れる以外のプレーの幅を広げたいとか、そんなことばっかり考えているんですよ。で、それは、向上心以外の何物でもない。自分がこうなりたいという選手像が膨らみすぎて、多分、完璧を目指しているが故の悩みなんだと思います」
――そういうところが自分と同じだった?
「僕もパフォーマンスが良かったり、周りから今日はすごい良かったよとか言われても、なにかいつも腑に落ちなくて。でも、あそこのクロスミスしたしなとか、でも、今日あいつに1回入れ替わられているしなとか、このパスはこうすればよかったなとか、一生考えているわけですよ」
――ある意味ネガティブ思考のようにも見えますね。
「そう捉えられてもしかたがないのですが、それを原動力にしているから、ネガティブではないんです。それがあるからこそ、今後、自分が良くなるために、どういう取り組みをするか、どういう考え方をするか、どういう視点で試合を見るかというのが、変わってくるんです。だから、僕らはそうやって悩むことで、向上心が保たれて、しっかりと自分たちに対するポジティブな面に繋がっていました」
――シュトゥットガルト時代、試合後の取材対応で、お二人それぞれが、記者を前に15分も20分も語っていたことを思い出します。
「(笑)。岡崎さんからは、常に向上心を持ち続けることと、悩み、モガくということを教えてもらいました。私生活の部分でも、サッカー選手として、自分に費やす時間の在り方を学びました」
――アドバイスなどはあったんですか?
「岡崎さんは、ターニングポイントになるような、ポイント、ポイントで、パパっとアドバイスをくれました。シンプルな言葉で。『こういうときは、こうしたほうがいいと思う』みたいな。すごく納得できるんですけど、オカチャンはすぐにふざけるんで、アドバイスしてるかしてないかわからなくなるんです、途中で(笑)。でも、サッカーに対する情熱がすごかったですね。常に上を目指して、明日うまくなれる、明後日はもっとうまくなれる、これができるようになるのを常に思い続けているのが、岡崎慎司でした」
Jリーグの監督になりたいとは思わないけれど、日本サッカーの教育を変えたい
――悩むことで成長する岡崎慎司と一緒だったからこそ、酒井選手も自信を持って悩めた。
「そうですね。岡崎さんがすごいのは、いわゆる彼のなかでうまくいかなかった時期のあとに、確実に成長して、活躍しているんですよ。シュトゥットガルトで活躍して、出られなくなる時期があって、マインツへ行って、活躍して。レスターへ行って、ちょっと難しい時期がありながらも、しっかりレギュラーとって、優勝を経験して。
また、難しい時期があって、レスターを出ていったけれど、ウエスカで点をとって、1部昇格して。そうやって挫折のあとにしっかりジャンプしている。岡崎さんってやっぱスゲーって、ずっと思っていたんです」
――そんな岡崎選手の姿が力にもなったんでしょうね。
「ですね。引退されるのは、とても寂しいですよ。でも、本当にできなくなるまで、自分の体とキャリアを自分の夢にぶつけるというのは、なかなかできることではないと思うので、そういうところは、岡崎さんから学んだ大事なところです」
――岡崎選手は、欧州で指導者をやりたいと話してもいましたが、酒井選手と違い、ドイツ語や語学が得意なわけではさなそうですが(笑)。
「全然大丈夫だと思いますよ。言語が完璧ではなくても、しっかりとしたフィロソフィーを持って、チームに落とし込む能力があるというのが見える監督であれば、問題ないと選手としては思いますね。その監督が持っているビジョンやサッカーに納得ができれば。もちろん言語を話せるにこしたことはないですが。考えてみてください。日本代表監督が外国人だった場合、通訳がいても、監督が語った言葉のすべてのニュアンスを伝えることなんて、不可能なんですよ。それでも、監督が話したことを通訳が訳して、それを俺らが理解するだけでも、成り立つわけだから」
――酒井選手たち欧州でプレーする日本人選手の多くが、移籍当初は現地の言葉がわからずとも、通訳なしでプレーしているわけですしね。
「ある程度監督が言っていることがわかることで、サッカーをしっかり落とし込めるなら、言語なんて、正直関係ないと思っています。それこそ、スペイン人のペップ(ジョゼップ・グアルディオラ)は、英語やドイツ語で指導しています。でも、話せるといっても、完璧ではないはず。だけど、あれだけの結果と成績を残しているんだから、言語はあまり関係ないなと思いますね。
結局、監督としての能力や落とし込む力があれば、そこまで必要ない。でも間違いなく、最低限は勉強しなくてはいけないよって、オカチャンには伝えてください(笑)」
――酒井選手はまだ引退について考えてはいないと思いますが、引退後は指導者になりたいと考えていますか?
「指導者はやりたくないと言っていますけど、日本サッカーの発展のために何かしら関わっていけたらというのは、いろいろと考えています。そのなかで、大きな括りでいうと、指導者になるのかもしれませんが、日本のサッカー教育を変えたいというのは、ひとつありますね。ただ、指導者と言ってしまうと、どうしてもJリーグの監督というイメージになりがちですよね。でも、僕はJリーグの監督には今は、興味がないんです。Jリーグの監督になるなら、英語を覚えて、海外で監督になりたいですね」
経験を伝えるだけでは、誰も伸びない
――大きい意味でも指導者と言っていましたが、人が育っていくのを見るのが好きですか?
「それはあるかもしれないですね。自分は苦労した選手だと思っています。本当に上手でもなくて、いつも挫折ばかり繰り返して育ってきたので。だから今、自分の眼の前に、若くて、自分よりもサッカーが上手なヤツがいる。でも、彼らがやっていないことや取り組んでいないことがあると、すごくもったいないなって思うんです。この子たちに自分と同じ道を歩いてほしくないと思うというか……。
もっとやれること、学べることがあるのにと思うと、アドバイスしたくなるんですよね。彼らがもっと早く吸収して、早く伸びることが、結局クラブのためになるし、それを伝えることが自分の役割だと思うし、最近は自分が助言した選手たちが良くなっていくとか、気にかけた選手が良くなっていくのが、すごく嬉しいんですよね。お節介かもしれませんが(笑)」
――その喜びが日本の育成を変えたいという欲にも繋がっているんでしょうね。
「ひとりの日本人として、世界と戦った身としては、日本の選手がすごいと思われる時代が来てほしい。代表選手が『ワールドカップで優勝したい』というのは、少し糸口をつかんでいるという感覚があるからだと思うんです。ワールドカップに出るか出ないかという瀬戸際で戦っていた日本代表時代は、優勝するという言葉はでないわけでしょう」
――日本代表のほとんどの選手が欧州のクラブでプレーしています。そんなふうに日本人選手が数多く渡欧したのは、2010年以降。酒井選手たちの時代です。
「多くの先輩がそういう道を作ってくれました。そして、先日も(遠藤)航がプレミアのリーグカップで優勝しました。決勝で当たり前のようにリバプールの試合に出ているなんて、数年前では考えられないことでしょう。それと同時に思ったのは、そのピッチに21歳の若い選手がいたことです。
日本人でもその年齢で、あの舞台を経験できる選手が増えれば増えるほど、日本のワールドカップ優勝に近づくだろうし、世界における日本の地位も上がります。そういう選手を増やすには、経験を積んだ僕らが、伝えていくことも必要だし、同時にいかにそれを体現させるのかというのが、最も重要なこと。経験を伝えるだけでは、誰も伸びないと思うので」
――経験を踏まえたうえで、選手が成長するために、いかに伝えるか、指導するかということですね。欧州も進化し続けているわけですから、日本でも若年層の育成や思考を変えていく必要性もあると思います。
「体現できるようにどうやって教えるか。自分の考え、やり方で、若い人をどんどん育てて、どんどん向こうに行かせて、一人でも多く海外で、スゲーといわれる選手がどんどん出て来ることをサポートしたいと思いますね」
――お節介精神が力強いです。
「究極のお節介なので(笑)」