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2023.06.18

「監督はミスに拍手をした」サッカー日本代表・森保を擁護する2つの理由

強豪国を破り、W杯ベスト16という結果を残したサッカー日本代表。だが、森保一監督への評価は少し複雑だった。それはなぜなのか。スポーツライター・金子達仁が各人へのインタビュー取材から迫る。連載6回目。【#1】【#2】【#3】【#4】【#5

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

サッカーの見方は、主観の影響をかなり受ける

2022年3月24日、日本代表は敵地でのオーストラリア戦に2-0で勝利を収め、カタール・ワールドカップ出場を決めた。結果だけでなく、内容やスタッツでも完全に相手を圧倒してつかんだ勝利だった。

試合を伝えるスポーツニッポン紙の紙面には、こんなコラムが掲載されていた。

『敵地でのオーストラリア戦ということに限っていえば、史上最も相手を圧倒した上での勝利だった』

だが、スポーツライターの木崎伸也はこの勝利を評価しなかった。

「オーストラリアが史上最弱だった。そういう試合だったと思います」

2006年のドイツ・ワールドカップでジーコ率いる日本代表を倒した際のオーストラリアは、主力の多くがヨーロッパでプレーしていた。翻って近年のオーストラリアは多くの選手が自国でプレーし、また、J2に所属している選手もいた。ベンチどころか招聘されなかった選手の中にも“海外組”が多数いる日本との見かけ上の差は、確かに歴然としていた。

だが、木崎から「評価に値せず」と見なされたオーストラリアは、カタールでの本大会でフランスを手こずらせたばかりか、チュニジア、デンマークを倒して決勝トーナメント進出を決めて見せた。結果だけなら、彼らはキューウェルやケイヒル、ビドゥカを擁した“史上最強”の代表チームに並び、しかも、決勝トーナメント1回戦では優勝したアルゼンチンを相手に1-2という善戦を演じた。

では、日本と戦ったオーストラリアを評価しなかった木崎の見立ては間違っていたのだろうか。正しかったのはスポニチ──コラムを書いたわたしだったのだろうか。

そうは、思わない。

サッカーの見方は、他のスポーツ以上に主観の影響を受ける。グァルディオラのサッカーを信奉する人間は、モウリーニョのスタイルに魅力を感じることはないし、その逆もまた然りである。ハビエル・クレメンテ時代のスペイン代表は、どれほどの好結果を残そうとも、そのスタイルや戦術について、ヨハン・クライフからの鋭い批判を浴びた。

どんなスタイルのサッカーを指向するか。どんな監督を好むか。サッカーにおける彼ら──いや、わたしたちの嗜好は、突き詰めて言えばほとんど宗教観に近い。ひとたび何らかの宗教、宗派への信仰を持ってしまえば、異教徒のやることなすことすべてが邪に映る。「そんなサッカーでは勝てない」という信念を覆すためには、そんなサッカーで勝って勝って勝ち続けて、世界タイトルを賭けた最後の1試合にも勝つしかない。

 

金子達仁/Tatsuhito Kaneko
1966年神奈川県生まれ。スポーツライター。ノンフィクション作家。1997年、『Number』掲載の「叫び」「断層」でミズノ・スポーツライター賞を受賞。著書『28年目のハーフタイム』(文春文庫)、『決戦前夜』(新潮文庫)、『惨敗―二〇〇二年への序曲―』(幻冬舎文庫)、『泣き虫』(幻冬舎)、『ラスト・ワン』(日本実業出版社)、『プライド』(幻冬舎)他。

森保監督を擁護したふたつの理由

サンフレッチェ時代のサッカーを見て、木崎伸也は森保一を異教徒と認識した。

サンフレッチェ時代のサッカーを見て、わたしは森保一を同じ宗派の人間と認識した。

森保監督を批判した木崎たちが「なぜ批判するのか」という声にさらされたように、擁護派だったわたしも「なぜ」はぶつけられた。

理由は、簡単に言ってふたつある。

ひとつは、森保監督が率いたサンフレッチェというチームが、Jリーグの中でも中位から下位の予算規模しか持っていなかった、ということ。いまやヨーロッパに限らず、世界中のほとんどのサッカー・リーグで、チーム予算と成績はほぼ比例した関係にある。何年、何十年かに一度、プレミアをレスター・シティが制したような椿事が起きることもあるが、強さが継続されることはない。

だが、予算規模で10位以下だったサンフレッチェは、森保監督時代、4年間で3度も優勝のシャーレを掲げた。これは、能力のない監督に率いられたチームが成し得ることでは断じてない。ワールドカップにおける日本の立ち位置、つまり個々の能力が出場国中トップクラスにはまだないという前提に立てば、ベスト8進出という目標をなし遂げるために、最良の人材だとわたしは考えた。

もうひとつの理由は、森保監督のサッカー観だった。

サンフレッチェの紅白戦を見ていたときの話である。シュートをキャッチしたGKがアンダースローでサイドに下りてきたウイング・ポジションの選手に当てた。ワントラップで前を向こうとしたその選手には圧がかかっており、外そうとした持ち出しは引っかけられた。ミスをしてはいけないエリアでの、してはいけないミス。多くの場合、監督が笛を吹いて試合をストップさせ、叱責の言葉が飛ぶような場面だった。

森保監督は、そこで拍手をした。

練習終了後、理由を聞いた。

「あそこでぼくが怒ってしまうと、次から、あの選手はつなぐことを放棄して蹴っちゃうようになると思うんです。奪われたのはミスだけど、つなごうとしたのはミスじゃない。ウチの選手たちにはそこを間違えてほしくなくって」

資金に恵まれ、国内トップクラスの選手を揃えたチームであれば、オーソドックスなサッカーをやっていても十分に勝機はある。だが、そうではないサンフレッチェが勝つためには、他のチームがリスクを恐れて捨ててしまうようなエリアからも攻撃の芽を育てていく必要があった。わたしには、その姿勢がクライフやグァルディオラが体現していたものとそう遠くないように思えた。

木崎伸也にとって、バルセロナは必ずしも特別なクラブではない。だが、留学先でもあり、バルサTVのオフィシャル・コメンテーターを務めさせてもらったわたしにとっては違う。森保監督を“異教徒”と認識した木崎の視線が鋭くなったのだとしたら、バルサと同じ匂いを感じたことで、森保監督に対するわたしの評価は盲目的になっていた可能性がある。

たとえば、レオザフットボールを絶望させたアジアカップでの戦いは、確かにひどかった。決勝のカタール戦だけではない。準決勝のイラン戦も、決勝トーナメント1回戦のサウジアラビア戦も、他の監督──わたしにとっての“異教徒”が指揮を執っていたら即刻解任を叫んでいたぐらいに低調だった。

だが、わたしは我慢できてしまった。許せてしまった。

20世紀と21世紀では船長に求められるものは違うが……

ヨハン・クライフの代名詞でもある「フライング・ダッチマン」という言葉は、実は大航海時代の船乗りが使っていた言葉を語源としている。サッカーの世界では「空飛ぶオランダ人」として認識されているこの言葉は、海の荒くれ男たちにとっては「さまよえるオランダ船」と恐れられた伝説の幽霊船のことだった。

そして、クライフが現役の選手だった時代、1万トンクラスの船を動かすためには50人から60人の船員が必要だった。いま、30万トンを超える原油を運ぶ最新タンカーの中には、訓練生6人を含めた36名で運行できるものもある。

船長に求められるものが、同じであるはずがない。

なぜ森保監督は不人気だったのか。その理由を、わたしはずっと嗜好の違い、宗教の違いに求めてきた。一度嫌いになってしまったものは、もうどうしようもない。そして、誰が誰を好きになり、誰を嫌いになるといったことが、誰かにコントロールできるわけもない。そう考え、ある意味で当然のこと、仕方のないことだと思ってきた。

ただ、それはわたしが古い時代の船員だったから、かもしれない。

先が見えない、読めない航海に挑む船員が船長に求めるのは、集団をまとめる人間性であり、大局観である──船乗りだったわたしの父親からそう聞いたことがある。だとすれば、森保監督は船長にふさわしい人間だった。上の立場から権力を振りかざすのではなく、同列に並んで選手たちの自主性を重んじたところあたりは、WBCで日本を優勝に導いた栗山英樹監督と極めて似通っていた。日本国民が求めつつある、新しい時代に則したタイプのリーダーだった。

だが、野球の監督とサッカーの監督とでは、求められるものが違う。

ネットが発達し、選手たちの持つ情報量が飛躍的に増えたことが原因なのか。それとも子供のころからゲームに親しんだことで、サッカーや戦術に対する思考形態がアナログからデジタルに変わりつつあることが関係しているのか。いずれにせよ、21世紀のサッカー選手たちは、以前とは比べ物にならないぐらい、細かな指示を監督に求めるようになった。

森保監督は、その期待に応えられなかった。あるいは、応えていたのかもしれないが、選手たちにそう感じさせることはできなかった。

レオザフットボールは、そんなチームの欠点と修正の方向を、細かく指摘することができる人間だった。正しいか間違っているかはわからない。ひょっとしたら机上の空論なのかもしれない。それでも、あやふやさのない彼の指摘は、ファンを、ひいては日本代表選手たちをも惹きつけた。

おそらく、それはこれからも変わらない。

わたしはいまでも、森保監督の能力を信じている。20世紀と21世紀とでは船長に求められる要件は変わったが、しかし、20世紀に必要とされた資質がすべていらなくなったというわけではない。

ただ、木崎伸也に、レオザフットボールに話を聞いて、確信したこともある。

森保監督が進む道は、茨の道となる。

痛みを取り去る方法は、一つしかない。しかし、日本サッカーの現在地を考えた場合、ワールドカップでの「アレ」が可能だとは、いまのわたしには思えない。

※続く

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TEXT=金子達仁

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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