PERSON

2023.04.29

バドミントン・桃田賢斗、茨の道の先に待つ運命は――プライドを捨てた元世界王者、パリ五輪出場へ挑む

2023年5月から1年にわたるバドミントンの五輪選考レースが始まる。その過酷な戦いに挑むのが桃田賢斗だ。かつて、男子シングルスの世界王者に君臨していた桃田の復活に賭ける思いとは――。連載「アスリート・サバイブル」とは……

桃田賢斗

「折れるのは簡単。このままで終わりたくない」

その葛藤は、想像を絶するものだろう。バドミントン男子シングルスで一強時代を築いた桃田賢斗(NTT東日本)が、プライドを捨て、パリ五輪出場を目指す覚悟を決めた。

花の都にたどり着くためには、2023年5月から2024年4月までの1年にわたる五輪選考レースで日本勢上位2人に食い込む必要がある。目下、世界ランキングは日本勢4番手の21位(2023年4月25日時点)。「逆に上がっていくだけ。チャレンジャー精神を忘れず、いろいろ迷うことは止めて、自分らしく楽しめたら」と腹をくくった。

かつての世界王者が狙うのはメダルではなく、まずは五輪の出場切符。厳しい現状は、重々承知している。それでも桃田は「この1年間凄く試合数が多い。一喜一憂するのは止めにして、負けたからもうダメだと思うのではなくて、負けたとしても、そこからしっかり反省して、収穫を自分で見つけて、何回も壁にぶつかっていきたい」と潔く語る。

2019年には世界選手権2連覇に加え、史上最多のワールドツアー年間11勝と栄華を極めた。キャリアの絶頂で東京五輪を迎えるはずが、2020年1月に遠征先のマレーシアで不慮の交通事故に遭い、右目眼窩底(がんかてい)骨折などの大ケガからのリハビリを余儀なくされた。コロナ禍で延期となった五輪に間に合わせたが、結果は1次リーグ敗退。その後も世界ツアーでのタイトルは2021年11月のインドネシア・マスターズ1つに留まる。3年以上守り続けた世界ランク1位の座は2021年秋の時点で明け渡していた。

現状に抗うようにラケットを振り続けたが、皮肉にも、不調にも拍車がかかる。「早くランキングを戻さなきゃ」「もっと勝たなきゃ」――。そう思えば思うほど、コート上で守りに入り、不調の沼にはまっていった。「桃田の時代は終わった」というネットの声も目にしたことがある。「勝てない自分がいるのに、変なプライドが邪魔していた」と振り返る。

掛け違えたボタンは、修復不可能に近い状況だった。東京で行われた2022年8月の世界選手権では2回戦敗退。その翌週に大阪で行われたジャパン・オープンでも初戦で散った。「もういいかな…」。引退の二文字も頭をちらついた。

心身ともに疲弊した中で、何かに導かれるように香川県の実家に帰省した。「周りの人からもういいよって言われたら辞めちゃうぐらい」という精神状態。勝負の世界から離れ、穏やかな日常に戻った。

家族との何気ない会話で、小学校時代に親に苦労をかけながら車で練習の送迎をしてもらっていたことを思い出した。偶然見つけた画質の粗い中学時代のプレー映像をボーッと見て「純粋にバドミントンやってたな」としみじみ思った。

映像に映っていた、もう一人の桃田賢斗は「意外と強かった」という。「こざかしいプレーしているなって(笑)。でも、やっぱり諦めずにどんな球でもくらいついている感じが良いなって思いました。ちょっとずつ自分のなかで忘れていたものがあるなって」。原点に立ち返り、再び前を向いた。

「折れるのは簡単。このままで終わりたくない」。2022年後半は、試合に出ては自信を失う悪循環を食い止めるために、出場を義務づけられていた国際大会を罰金を払って欠場。国内で鍛え直し、年末には全日本総合選手権を制して復活への足がかりをつかんだ。

いよいよ1年にわたる過酷な五輪選考レースが始まる。直近の全英オープンでは1回戦敗退など安定的なパフォーマンスができているとは言えない。それでも困難にぶつかっては、再び這い上がることも桃田賢斗というアスリートの真骨頂だ。

「勝てたらそれに勝るものはないが、後悔するのが一番良くない。あの時こうしとけば良かったとか、カッコつけずもっとがむしゃらにいけば良かったとか。そういうのは嫌」

かつてのトップランカーが歩むのは、茨の道になるかもしれない。「もう一回、あのコートに立ってプレーしたい」。その先にパリ五輪があったとしても。なかったとしても。自らが信じる先にある答えを探す旅となる。

桃田賢斗/Kento Momota
1994年9月1日、香川県三豊市生まれ。7歳で競技を始め、福島・富岡一中―富岡高(現ふたば未来学園中、高)から2013年にNTT東日本入社。2012年に世界ジュニア選手権優勝。2018、2019年世界選手権で日本勢初の2連覇。2019年にワールドツアー11勝を挙げ、ギネス記録に認定。2021年東京五輪代表。1m75cm。左利き。

 
■連載「アスリート・サバイブル」とは……
時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。

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TEXT=大和弘明

PHOTOGRAPH=西村尚己/アフロスポーツ

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