ワールドカップのアジア予選でも、カタールのスペイン戦でも大事な場面で鮮やかなゴールを奪った、田中碧。一躍主役の座に躍りでた24歳は、ピッチ外でのこだわりがすごかった。食事、読書、入眠のルーティン等。ピッチ外での圧倒的準備について、話を聞いた。
何度も想像したことしか、現実にならない
2022年11月下旬から、日本中を興奮の渦に巻きこんだのはカタールW杯を戦ったサッカー日本代表だった。ドイツ、スペインと元世界王者2ヵ国を撃破し、グループEを1位で通過。決勝トーナメント1回戦ではクロアチアにPKで敗れたが、日本サッカー史上もっともベスト8に近づいた大会でもあった。
田中碧の活躍が強く印象に残るのは、グループステージ突破に直結するスペイン戦の鮮やかなゴールがあるからだ。1-1で迎えた後半6分、堂安律のクロスを三笘薫が、世界中で話題になった“三笘の1ミリ”で折り返す。そこに走りこんだのは、中盤にいるはずの田中碧だった。折り返しを右太ももでゴールに押し込むと、三笘と抱き合い喜びを分かち合った。
「気持ちで押しこんだ?」との質問に田中は「気持ちじゃないですね。ずっとやってきたので、あそこ(ゴール前)に入っていく形は」と言い、「調子がよくない時からW杯で得点するというのはずっと信じて、イメージしてやってきた。現実的に少し、報われたのかな」と説明した。スペイン戦直後で全身に喜びが溢れ、明らかに笑みがこぼれて見えるのに、あくまでこれまでの積み重ねだと強調し、芯の強さを感じさせた。
そんな田中は、ピッチ上での練習や日々のトレーニングだけでなく、ピッチ外でもいくつかのことを大事にしてきたと明かす。
「“身体”が資本なんでそこに関することは自分に返ってくる感覚はあるんですよね。“心”もめちゃ大事だと思います。“心”を何かどうこうするっていうのは、人それぞれアプローチが違うと思うんです。でも、(身体のために)たくさんちゃんと寝るとかちゃんと食べるっていうのは誰にでも共通することで、結構大事かなとは思ってますね、ちっちゃいころから」
食事に関してはグルテンフリーと魚中心の食生活を心がけていることが知られているが、睡眠に関しては入眠ルーティンがあるという。
「普通っすよ。風呂入って、ストレッチして、本読んで、お香焚いて、部屋を暗くして寝るっていうのが決まってるだけで」
お香は日本のKINTOというブランドのヒノキと決まっているが、ドイツには売っていないためまとめ買いをしているそう。いたってシンプルなこの流れに従うことで、すんなり眠りに入ることができる。
「僕、ベッドの上でストレッチすることが多いんですけど、体勢を変えようと思って仰向けになってそのまま寝ちゃったりします。寝落ちしちゃうから、床にマットをしいてやる時もあります」
ルーティンがあると聞くとさぞ繊細な気もするが、寝落ちと聞くとそうでもなさそうである。
YouTubeから、自らの読書法を見つけだした
日記を書くこともルーティンにしている。大会前は毎日「W杯で点を取る」と書き続け、自然と自己暗示をかけてきた。スペイン戦のゴールと無関係とは言えない。
「いやー、なんで書いたのかわからないんですけど。でも想像したことしか現実にならないのがわかっていたので。書くのは別に一行だから(笑)。書けば点取れるっしょって」
ささやかな労力ではあるが、毎日続けるとなると話は別。それでも田中は携帯やタブレットではなく、紙に手書きのアナログスタイルで書き続けた。
「やっぱ手で書くのがいいんですよね。携帯だとちょっと頭に入ってこないんで。書くという行為自体が好きなんだと思いますね」
書くのは1日2回、朝と夜。朝は起床後、朝食前に。就寝前はストレッチ後、お手洗いを済ます前なのだという。だから、時々不測の事態は起きる。
「ストレッチ中に寝落ちした時には書き忘れたりします」
あまり気にしている様子はない。やはり、田中にはまじめさとゆるさが同居しているようだ。
また、田中は読書家で知られているが、手書きの日記と同様に、紙の書籍での読書を好む。現実的にほとんどはKindleに入った電子書籍の状態で持ち歩くのだが、W杯に唯一持ちこんだ本は『才能の正体』だった。いったいなぜか、正直に明かしてくれた。
「なんすかね……、いやなんとなくですね(笑)。デカすぎるのはまず持っていけないというのと、ぱっと読みやすい本ですね。ひとつの項目が長い本よりも、ひとつずつポンポンって書かれているものが読みやすいので」
田中の読書法はなかなか独特だ。
「僕はもう、面白いと思ったら熱中しちゃうし、早く読み終わりたいんですよ。だから、読み続ける本と少しだけかじって読まない本があります。あと、お気に入りの一節があるから読む、とかいうことはないんですよね。この本(才能の正体)は丸ごといいんです。だからといってこの著者の別の本を読む、というわけでもないんですよね」
読書を好きになったのは中学生時代だという。
「誰かの本当の経験が書かれている本を読んで、自分のなかに新しい知識とか経験が入って何か違う世界が見えるのがすごく楽しくて、そこからめちゃ読むようになったんですよ。人生の経験について書かれている本か、食事法や睡眠とか、知識の本も読みます」
読書は新たな世界への探究心と知識欲を満たしてくれるということなのだろう。稲盛和夫、松下幸之助から野村克也らの本まで読破しているそうだ。
最近は読書量も増えてきたため、一時期やめていたという読書記録も再開したそうだ。
「(情報量が多すぎて)新しい情報がしっかり入ってこないから、一旦忘れて、自分の頭から出してしまうために書いているんです。全部忘れても書いてあるものを見たら思いだせるので、頭をスカスカにしてから次を読むんです」
安心して忘れられる状態をつくって次の一冊に取りかかる。この方法は意外にもYouTubeから学んだそうだ。
「コムドットのやまとさんが言ってて。あの人めっちゃ本を読むらしくて、インプットしたらアウトプットをちゃんとしろ、と。本来は他人に喋るのがいいけどなかなかそうもいかないだろうから、書くのがいいって」
成長が遅いほうだと思うから、ここからの数年がとても大事
現在24歳の田中は3年半後、27歳で次回北中米W杯を迎える。一般的にはサッカー選手としてピークに差しかかり、もしかしたら彼にとって最も重要なW杯になるかもしれないが、田中の認識は違う。
「一番は次の次なんすけどね、僕の感覚では」
31歳で迎える大会が最重要とはどういうことか。
「僕は結構(成長が)遅いんです。だから、選手として一番いい時は多分2大会後かなと。でも、そこにつなげるために次はすごく重要なんだろうなっていう感覚です」
だからなのか。代表に定着したという安心感は、W杯でゴールを挙げた今でもない。
「日本代表ってやっぱり競争率が激しいんで。けがとかでもすぐ変わるし、代表で生き残れるって、今も多分これからも、すげえ自信を持って言えるようになるのはすごく難しいなと思います。ただそこで戦っていかなきゃいけないなとは思ってますね、勝手に」
代表に定着しW杯を目指すことが、リアルになったのはつい最近だ。
「この代表というものが、うん、自分のサッカーの人生において結構大きな割合を占めるようになりましたね。これからが一番大事な時期ということも含めて、常に意識する場所にはなりました」
思えば、田中が日本代表に本格的に登場したのは2021年9月に行われたW杯最終予選の最中でつい最近のこと。あっという間に主役に躍りでたが、まだまだこれからの存在でもある。そう考えるとまだ開催地も決まらない2030年大会が田中にとって最重要なことも頷ける。
ちょっと先の未来に思いを馳せながら、田中の今後に期待したい。
Ao Tanaka
プロサッカー選手
1998年生まれ。小学3年時から川崎フロンターレの下部組織で育ち、同クラブでプロデビュー。2021年ブンデスリーガ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフに移籍した。