新橋の喧騒を離れた裏通り。気鋭の鮨店と、食通から注目を集める『鮨 神楽』のカウンター席で店主とにこやかに話すのは、松本若菜さん。2022年にもっとも飛躍した女優として、今、各メディアが彼女に熱視線を注いでいる。
自分らしさと感謝を忘れず、日々邁進
2022年、出演したドラマや映画は15本を超え、その抜群の演技力と存在感が評価され、東京ドラマアウォード2022では助演女優賞に輝いた松本若菜さん。錚々たる顔ぶれが並ぶ授賞式に登壇した彼女は「一流」への夢にまた一歩、近づいた。
鳥取・米子から上京し、デビューしたのは22歳の時。それから10年を経た2017年に公開された映画『愚行録』は、彼女の輝ける未来を静かに暗示していた。そして5年後、今の活躍ぶりは多くの人の知るところとなったが、多忙を極めるなかでも彼女を包むのは、ふんわりと優しく、周りを明るい気持ちにさせるオーラだ。
「遅咲きの女優と言っていただけるのはとても嬉しいけれど、本人にはまだ咲いた自覚がないんです(笑)。街を歩いていて声をかけられることも増えたんじゃない、と友人に聞かれることもあるけれど、全然そんなことなくて(笑)。わりと最近までアルバイトもしていて、二足のわらじ生活でした。お鮨屋さんで働かせていただいていたこともありますよ。私もお鮨が大好きなので、今日の撮影はご褒美みたいで嬉しいです」
高く飛ぶためには、長い準備期間が必要なこともある。胸を張って「職業は女優」と言えるようになるまでに、さまざまな葛藤があったのでは? と尋ねると、
「葛藤とは少し違うかもしれませんが、日々できることを精一杯やるというのはずっと変わらず心に決めていました。事務所のスタッフと、毎日をちゃんとやっていこうね、といつも話しています。これという正解がないのが女優というお仕事。だからこそ、日々の積み重ねがとても大切だと思っています。2021年はありがたいことにドラマのゲスト出演にたくさん呼んでいただけて、そのなかで出会ったいろいろな方とのご縁があり、それが2022年、歩幅の大きい一歩を踏みだせたことにつながっていると思います」。
飛躍する女優×躍動する鮨
そうした意味では、鮨職人の世界と共通している部分があるのかもしれない。握りの技術も粋な振る舞いも、一朝一夕では身につかないもの。自分の目と心で学び、行動するバイタリティが求められる。特に“さらしの仕事”と言われるカウンター鮨は、いっさいごまかしがきかない、一期一会の一発勝負だ。
店主が「どうぞ」と差しだした中トロの握りを、ゆっくりと噛みしめながら幸せそうな表情を浮かべ「美味しいです」と積極的にコミュニケーションを取る姿にも、松本若菜流の“成功の秘訣”を見た思いだが――。
「どの職業も同じことが言えると思うのですが、人間関係を築くことは難しくもあり、とても大切なこと。私はもともと人見知りで、30歳くらいまで現場に行っても自分の与えられた仕事をきちんとする、ということでいっぱいいっぱいなところもあって。
ある時、現場で大泉洋さんに『若菜ちゃん、コミュニケーションを取らないともったいないよ』と言われたことがあったんです。大泉さんは素晴らしいサービス精神の方なので、気を遣ってくださったんです。それ以来、私もスタッフや共演者の方と意識的にコミュニケーションを取るようになりました。拒否されたらどうしようと考えるととても怖いですけれど、そのきっかけでよい関係性が持てたらいいなと思っています。
自分もお鮨屋さんで働いていた時に思ったのですが、相手の気持ちやその場の空気を読むのは必須。今日みたいに大将が朗らかに接してくださると緊張しないでお鮨をいただけて、楽しい気持ちになります。カウンターのお鮨は大将との距離感が近いから、そのコミュニケーションを楽しめるのも醍醐味ですね」
職人技が光る握りに舌鼓を打ち「美味しいお鮨をいただけて、とても幸せです。鮪も美味しかったし、最後の熱々の穴子もとろけちゃいました」と満面の笑みを見せる松本さん。2023年はますますの活躍が期待されるが、女優としての抱負は?
「一歩一歩を踏みしめて、自分の足跡をしっかりつけていきたいです。地道に続けていたら見ていてくださる方は必ずいると思うので。それはずっと変わらない、自分の目標です」
安定感のある技と粋な所作にセンスが光る
2021年秋にオープンした『鮨 神楽』。店主の望月将氏は鮨職人としての素養がありながら「日々精進」の心を持つ、努力の人でもある。供するコースは夜のおまかせが 1万7000円。8種のつまみと握りは11貫前後という構成で、鮨の高騰化に一石を投じる。
思わず見惚れるほど流麗な所作から繰りだされる握り、軽妙な話術は、東京随一の名店で修業した経験を物語るが「育ててもらったことへの感謝の気持ちを忘れず、次の世代へもつないでいきたい」という言葉に義理堅く、熱い人柄が滲む。日本酒のラインナップにも力を注いでおり、鮨とともにそれを楽しみに訪れる常連客も多い。
鮨 神楽/Sushi Kagura
住所:東京都港区新橋3-2-3 千代川ビル1F
TEL:03-6206-1154
営業時間:12:00〜、18:00〜/20:30〜(一斉スタート)
定休日:日曜、祝日
座席数:カウンター9席
料金:昼のおまかせ ¥6,800、夜のおまかせ ¥17,000
Wakana Matsumoto
1984年鳥取県生まれ。2017年に映画『愚行録』で第39回ヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。2022年ドラマ『やんごとなき一族』での怪演ぶりが話題に。2023年2月25日に初フォトエッセイ集『松の素』を発売予定。