唯一無二の存在感で、数多くの話題作に出演する俳優の松山ケンイチ。そんな彼が興した獣皮(じゅうひ)のアップサイクルブランドが、じきお披露目となる。すでに知られた二拠点生活のリアルとともに、ブランドにかける想いを語る。前編はこちら。
いただいた命を活用し未来へとつなげていきたい
松山がまず考えたのは、自身が仕留めたシカの皮を用いて製品を作れないかということ。近隣には毛皮の鞣(なめ)し業者はいたのだが、西欧では手袋などにも使われている特性も踏まえ、革としても使いやすいはずと考えた。東京のタンナーに自ら持ちこんで皮革に加工してもらい、手始めにバッグを作ってみることに。できあがったサンプルに修正を加えることでアップデートし、満足できるまでには足かけ2年ぐらいかかったという。
「まずは自分たちの趣味程度にトライしてみたという感じです。その後に、周囲の猟仲間に皮の処理をどうしているかを聞いてみたら、案の定、皆さん解体場で出た皮の活かし方を悩んでいた。だったら僕が原皮を頂いてロットを作り、ストックして製品にすればみんながウィンウィンになるんじゃないかと思ったんですよね。そこからはいろんな方のご協力をいただいて、革ジャンだったり、帽子だったりと、アイテムのバリエーションがだんだん増えていきました」
しかし、サンプルを何度も調整し、納得のいく製品を作ることができても、それを量産して商品として安定供給するとなるとさまざまな課題が浮かび上がってくる。利益は出るか、持続可能かといったプロジェクトの存続に関わることはもちろんのこと、動物愛護の高まりと、農作物に被害を及ぼす害獣駆除とのジレンマなど、日本国内すべてに通じる社会問題にも深く関係してくることを知ることになる。
「だから手段や表現を一歩間違うと批判の対象になるし、世界的にファーやレザーをファッションにするのをやめようという流れのなかで、皮を使って製品を作るわけですから『なぜ?』という声が上がるのも重々承知です。
僕が表現したいのは、皮は人類が狩猟民族だった時代から生活で活用されてきて、山の恵みとして使われてきた長い歴史があり、未来にもつなげたいということ。自然界は捕食と被食の絶妙なバランスで成り立っていて、人間が野生動物を生活に活用するのも、そのサイクルのなかにある気がするんです。いただいた命を無駄にせず、すべて活用することが自然の恵みを活かすことだし、理にかなったことなんじゃないかと。すごく難しい問題ではありますけれど、結局シカをはじめとする動物たちが、僕らにこういう問題を教えてくれているわけですからね」
立ち上げたブランドの名前である『momiji(モミジ)』はシカ肉のことを指す日本古来の隠語でもある。イノシシの肉はボタン、馬肉はサクラ、鶏肉をカシワと言い換えるのを目にした方も多いのではないだろうか。「アップサイクルのことを最初に考えるきっかけがシカだったし、最初に鞣したのもシカ皮だったので」と名づけた粋なネーミングにも、プロジェクトに対する松山自身の本気が見て取れる。
持続可能にするためにできることはまだある
一年の半分を地方で、半分を東京で過ごす松山にとって、コントラストのあるライフスタイルは、俳優の仕事にも大いにフィードバックされているようだ。デビュー以来、数々の話題作に出演し、2012年にはNHK大河ドラマの主演も務めた。その独特な佇まいから放たれる確かな演技力で出演依頼は引きも切らず、2022年には映画『川っぺりムコリッタ』ほか主演・出演映画が3本も公開される。
「この仕事をずっとやっていて思うのは、演じる技術は使っていくと仕かけがバレていくし、飽きられるということです。そうならない状況を作るには、演じる人間自体がすごく面白くならないといけない。そういう人間が台詞を解釈して、台詞の言い方を考えたら絶対に面白くなるはずなんです。常にそうありたいと思ってはいますけど、この生活でどう変わったのかは自分ではわからない。撮影の現場には農家でもある自分が入っていく感覚でいるので、そういう意味で変に力んだりすることはなくなったような気はしています。それがいい方向なのか、悪い方向に働いているかは、観てくださる方々が判断すること。周りからは『力みがなくなった』と言われますから、仕事一辺倒の状態から離れたからこそ見えたものがあったとは思いますね」
今回のインタビューでは時間を割いて、農作業の話、狩りでの仰天エピソード、自分でさばいたシカ肉の美味しい食べ方なども丁寧にレクチャーしてくれた松山。その話しぶりは時にハンターであり、ファーマーであり、クリエイターでもあり、さまざまなレイヤーとなって彼の魅力を成しているのが一目瞭然だ。そして最後に語ったそのひと言に、アップサイクルプロジェクトに対する固い決意が感じられた。
「自然の中で暮らすことで対峙する命のサイクルは、おそらく一生考え続けていかなくちゃならない問題です。狩るだけ、駆除するだけ、作るだけじゃなく、いただいた命を無駄にせず、さらによりいいモノにしたいんです。まだまだ皮の処理に困っている解体場もあって、知る限りは引き取り続けたい。そのためには努力しなければいけないことがたくさんありますからね。納得する方法を探しながら続けていきたいと思っています」
松山ケンイチの3つの信条
1.二拠点生活は変化の連続。ベストな形に自分が合わせる
「いざ生活を始めると、二拠点で半々というふうにはなかなかならない。子供の考えも変化してきて、今ではずっと田舎がいいと言っています。今は東京に単身赴任状態です」
2.皮を再利用することが社会問題を知るきっかけに
「解体場から原皮を集めたり害獣駆除に関わることで、いろんな課題が見えました。自分の居住地ばかりでなく、全国の方々ともつながり、知見が広がったのも大きな収穫です」
3.離れたところだからこそ見えてくる自分の立ち位置
「俳優の仕事ばかりだった東京での生活から、自然と向き合う場所ができたことで、自分の姿を離れてみることができました。たぶんそれも僕には必要なことだったんでしょうね」
momijiのこだわりアイテムを紹介
※全ての商品に価格や仕様変更の可能性があります。
■前編はこちら
Kenichi Matsuyama
1985年青森県生まれ。2002年にドラマ『ごくせん』で俳優デビュー。以後、映画、ドラマ、舞台など話題作に出演。2018年には、家族で東京と自然豊かな田舎での二拠点生活を始める。’23年3月、葉真中顕のサスペンス小説原作の主演映画『ロストケア』が公開予定。
銀座和光にてポップアップを開催
モミジ レザーアイテムコレクション
2022年12月8日(木)〜21日(水)
銀座和光で開催されるポップアップでは、momijiが手がけたシカ革を選んでアイテムのオーダーが可能。ウィンドウディスプレイでは、14日まで松山ケンイチ自身が描いたアートワークが展示され、独自の世界観が体感できる。
モミジ×トーキョーハット 帽子コレクション
トーキョーハットを展開する店舗にて、順次帽子コレクションのポップアップを開催している。詳細は、トーキョーハットの公式ホームページよりご確認ください。