経営者をはじめとするアマチュア向けのキックボクシング大会「EXECUTIVE FIGHT 武士道」。なぜ、エグゼクティブたちは、格闘技に熱中するのか。主催者であるK-1 WORLD MAX王者に輝いたレジェンド、小比類巻貴之の独占インタビュー。1回目はこちら。
魔裟斗、須藤元気、山本KID、本気で殴り合った同士との関係性
「EXECUTIVE FIGHT 武士道」――。元格闘家の小比類巻貴之が定期的に開催している、経営者、弁護士、ドクターなどエグゼクティブがしのぎを削るリアルファイトの大会だ。
リングの上ではトランクス1枚。肩書きは関係ない。年商も関係ない。上場・未上場も関係ない。学歴も関係ない。その日まで積んできたトレーニングで鍛え上げた身体と気持ちしか頼るものはない。
エグゼクティブが最高のパフォーマンスができるように、小比類巻は最高の舞台を用意した。プロのタイトルマッチを超えるレベルで演出している。リングアナウンサーはマイケル富岡やレニー・ハート。ラウンドガールも8等身、9等身のモデルを起用。
大会前には記者会見を行い、会場では参加選手が自分の人生を語ったストーリーのVTRを映す。
「記者会見では、対戦相手とにらみ合い、威嚇し合います。いやおうなく闘争心が高まっていきます。VTRでは、個人のキャリアをありのまま語っていただきます。山奥で生まれ育って、東京の小さなアパートを営業拠点に創業して……と。話しているうちに、自分が命がけで生きていることを再認識して、力がわいてきます。絶対に負けられないという思いが増していきます」
だから、EXECUTIVE FIGHTに「武士道」を加えている。
「武士道にはさまざまな意味を込めています。正々堂々と闘う気持ち、ともにトレーニングしてきた仲間や支えてくれている家族や社員への感謝も込めています」
さらに毎大会、“廻天”“無限”などテーマも設けている。
「“廻天”はコロナのピークを超えた時期の大会でした。社会が失った勢いを取り戻す意味を込めて命名しました。“無限”は、その大会に格闘技体験どころかスポーツ体験すらない経営者のかたが参加していました。自分の無限の可能性にかけてみる、と。その思いから命名しました。参加者全員が同じテーマを共有することで、毎大会特別な空気になっていきます」
エグゼクティブたちはもともと闘争本能が強い。「負けたくない」という気持ちで、日々ビジネスの場で闘っている。
「組織のトップは孤独です。社員には言えない問題も抱えているはず。あふれる感情をリングで爆発させてほしい。そして、思いをすべてぶつけられるライバルが必要です」
ビジネスと格闘技の親和性
小比類巻自身、現役の選手時代は強力なライバルたちと、命を削るような闘いを続けてきた。
「魔裟斗、須藤元気さん、山本“KID”徳郁さん、武田幸三さん……。僕の世代には強い選手がそろっていました。だからこそ、勝ちたいと思った。自分を鍛え抜きました。恵まれていた時代でした。おたがい命を削り合って時代を築いてきた自負はあります」
なかでも、魔裟斗とは格闘技史の歴史に語り継がれる試合を行ってきた。最初の対戦は1997年。膝蹴りで3度のダウンを奪い、3ラウンドでTKO勝ちした。
「僕が19歳。魔裟斗は18歳。計量のときのことは忘れません。僕は厳しい減量で水分をがまんして喉がカラカラでした。ところが、魔裟斗はアイスクリームを食べてきたというんです。楽勝ですよ、という声が聞こえてきた。ふざけるな! という気持ちでリングに上がりました」
2002年のK-1 WORLD MAX 2002の日本代表決定トーナメントの決勝では、魔裟斗に判定で敗れている。
「もう1回やって、絶対にぶっ殺します」
試合後のこの小比類巻のコメントは今も格闘技界に語り継がれている。
「あのときは本気でそう思っていました。でもね、そこまで真剣に闘ったからこそ、信頼関係は大きい。引退してから、魔裟斗との絆は強いです。全力で殴り合い、蹴り合ったからこそ。どれだけトレーニングを重ねてきたのか、どれだけのことを犠牲にしてきたのか、お互いよくわかっていますから。闘うことによって、リスペクトが育まれていきました」
アルトゥール・キシェンコはウクライナ出身の“美しき死神”と言われたキックボクサーだ。小比類巻、魔裟斗、キシェンコ。同じリングで命のやり取りをしてきたからこその信頼関係がある。
「似た関係がEXECUTIVE FIGHTでも展開されています。企業のトップはすぐれた洞察力を持っているので、記者会見でにらみ合う過程で相手の人間性がわかる。さらにVTRのストーリーを見て、その日にいたるまでの歩みや苦労を知ります。そして本気で闘うと、ビジネスで多忙な中大変なトレーニングを積んできたことを身体で知ります。勝てばうれしいし、負ければ悔しいけれど、時間とともに相手へのリスペクトが生まれます」
大会後1週間後には、出場者が集うパーティーが開かれる。
「1週間前に殴り合い蹴り合った同士が、満面の笑みでお互いを称え合っています。相手の苦しさや悔しさ、なにを犠牲にしてきたのか、闘いに臨んだときの恐怖もわかりますから。EXECUTIVE FIGHTのメインイベントで不動産関係の経営者と弁護士が闘い、弁護士が勝った試合がありました。その後、不動産の社長が弁護士事務所に挨拶に行くというのでちょっと心配したのですが、社長は顧問弁護士になってほしいと依頼しました。自分をさんざん殴った相手に、です。ほかにも、闘った同士でビジネスの取引が始まったケースはいくつもあります。リングで相まみえたことに嘘はありません。本気で向き合った相手だからこそ、この人は信頼できる、と確信するのでしょう」
EXECUTIVE FIGHTには“闘うビジネスサロン”の側面もあるのだ。
■3回目に続く。