経営者をはじめとするエグゼクティブたちが格闘技に熱狂している。彼らは大会にも出場しているという。主催するのは、小比類巻貴之。K-1 WORLD MAXで3回王者に輝いたレジェンドに、独占インタビューを敢行した。
なぜ、経営者たちは格闘技に熱中するのか?
2022年8月26日、東京・白金台のホテル、八芳園に経営者、弁護士、ドクターなどが集まっていた。緊張した面持ち、鋭い目つき……。明らかにビジネスの会合ではない。
八芳園本館のホール、ジュールの中央にはキックボクシングのリング。この日開催された大会は「EXECUTIVE FIGHT 武士道」。エグゼクティブが拳を交えるキックボクシングの大会だ。いつもはビジネスの世界で命を削っているエリートがリアルファイトを行う。
リングの上では、肩書は通用しない。業績も関係ない。学歴も役に立たない。自分の力だけを頼りに闘いの場に上がる。
この大会を企画し主催するのは、小比類巻貴之。K-1 WORLD MAXで3回王者に輝き、格闘技界で一時代を築いたレジェンドだ。同世代のもう一方のレジェンド、魔裟斗としのぎを削り、2000年には世界を8度制したオランダのカリスマで「地獄の風車」といわれたラモン・デッカーを倒した。現役時代の小比類巻の呼び名は“ミスター・ストイック”。腕立て伏せ1000回、サンドバッグと高架橋の壁を各2時間、80㎏のリュックを背負った歩行を3時間、120㎏のリュックを背負った歩行を30分、毎日行っていた。
その小比類巻はなぜ、エグゼクティブの大会を始めたのか――。
「僕が主宰する小比類巻道場に経営者の方々が集まってきたのが、EXECUTIVE FIGHTのきっかけでした。企業のトップはビジネスに命を懸けています。僕がいた格闘技界とフィールドは違いますが、みんなファイター。闘争心も集中力もすごいんです」
キックボクシングのトレーニングは、エグゼクティブにとっていくつものメリットが考えられた。
①多忙な中、短時間で全身が鍛えられる
②サンドバッグを叩き蹴ることでストレスが解消される
③常に危機感を持ったトレーニングで闘争心が刺激される
④体力がついてビジネスで成果が上る
「キックボクシングのトレーニングの成果が口コミで伝わり、経営者の会員が増え、弁護士やドクターなどにも広がっていきました。ビジネスで成果を上げる人は努力を続ける才能を持っています。苦しくてもやめません。集中力もあり、めきめき力をつけていきます」
それでも、エグゼクティブたちがモチベーションを維持することに小比類巻は苦慮した。
「みなさん、具体的・現実的な目標がほしいんですよ。柔道や空手には、段や帯の色の違いがあります。レベルアップすると、その証しが手に入る。そういう励みになるものがキックボクシングにはありません。アマチュアの大会に出場して勝つことを目標にすればいいのですが、キャリアの浅い年配の選手が、若く豊富な格闘技経験を持つ選手にはかんたんには勝てないでしょう」
けがをすると、本業に及ぼす影響も大きい。包帯を巻き顔に絆創膏を張ったまま商談に臨むわけにはいかない。
「エグゼクティブには高いプライドもあります。立場上若い相手にコテンパンにされるわけにもいきません。たとえば、同業他社の体育会系出身の若手社員に負けるわけにはいかないんですよ」
そこで小比類巻が企画したのが、経営者、弁護士、ドクターなどを対象としたEXECUTIVE FIGHTだった。エントリーするには、フルコースのディナーのテーブルを購入する必要がある。売上げの一部は、子ども支援協会に寄付され、里親の支援も行っている。
「会場は白金の八芳園。プロの世界タイトルマッチ以上の演出をします。友人でもあるマイケル富岡さん、稲本健一さんには、選手紹介などの盛り上げの演出をサポートしていただき、レニーハートさんにもマイクコールを依頼しています。レニーは、RIZINであの有名な“高田延彦、出てこいや!”とアナウンスしていたかたです。ラウンドガールも8等身、9等身のモデルを起用しています。ただし、レオタードはブラック。リングの神聖さを損なわないためです」
あのリングで闘いたい――とエグゼクティブが願い、モチベーションにつながる舞台をつくり上げた。
闘いによりトップの活力が増し、会社が活性化!
ある日、40歳の広告業界の経営者が小比類巻道場を訪れた。社員の1人が会員で、その部下に誘われて興味本位でやってきた。
「社員数は約150人。上場を目指している会社の男性。レストランやバーで毎晩高級なシャンパンを開けているような方です。キック? かっこいいな、オレもやってみるかな、というノリでした」
基礎トレーニングの後、ミット打ちをやった。小比類巻道場のミット打ちは、45分間で、2分を8ラウンドからスタートする。
「その方は、2ラウンドで身体が動かなくなり、グローブをはずし、フロアにしゃがみこんでしまいました」
はあはあと肩で息をしている。
「ああ……、今日はもういいです」
そう言って帰っていった。
「心肺機能も筋肉も衰えていて、さらにアルコールの摂り過ぎで、内臓が酸性化していたのでしょう。自分の体力のなさを知り、愕然としていました」
もう来ないな――。小比類巻は思った。
「ところが、すぐにまた来ました。でも、もちろん身体は動きません。ラウンドが終わるごとに、フロアに倒れ込み、僕がマッサージを施しました。2回で終わりかな、3回かな……。そう思って指導をしていましたが、やめないんですよ。週3回、1日おきにジムに現れます。負けず嫌いなんです」
その経営者に小比類巻はEXECUTIVE FIGHTを教えた。トレーニングを続けて、その先の目標にしてほしいと考えたのだ。ところが、すぐに出場したいと言い出した。
「エグゼクティブは、みんな闘いたい。仕事以外にも個人の目標を持ちたい。そう思っていることがよくわかりました」
EXECUTIVE FIGHTの客席数は300。毎大会満席になっている。エグゼクティブたちは、自分が裸で闘う姿を社員に見せたい。美しい秘書にも見せたい。家族にも見せたい。あるいは恋人にも見せたいのだ。
さらに、思いがけない副産物も生まれた。
「闘いによりトップの活力が増し、その会社が活性化しているという報告をたくさんいただきました。社員の方々もジムに通うようになり、当然健康になります。戦闘態勢でいるようになります。それが仕事のパフォーマンスアップになり、ビジネスの成果につながっているというのです」
EXECUTIVE FIGHTはビジネスの戦場も活性化させている。
■2回目に続く。