日本初となる全寮制(ボーディングスクール)小学校として開校し、かつ年間費用800万円というハイクラスな教育カリキュラムを提供する学校として、教育熱心な子育て世代の注目を集める「神石インターナショナルスクール」、通称「JINIS」。ジャパンタイムズ代表取締役会長兼社長を務めながら、日本にこれまでなかった学びの場を創立した末松弥奈子さんが考える、これからのグローバル教育について聞いた。
神石インターナショナルスクールの考え。グローバルな人材に、母国語教育は必須
2020年、広島県神石高原に開校した神石インターナショナルスクール(Jinseki International School)、通称JINIS。日本初となる小学生対象のボーディングスクール(全寮制の学校・寄宿学校)として、話題を集めている。
長年東大進学率トップクラスを誇るラ・サール学園や80社以上の企業の賛同で設立された海陽学園など、全寮制の中学校や高校は、日本でも多数存在する。また、2022年春には、ハロウインターナショナルスクール安比ジャパンが開校し、2023年秋にはラグビースクールジャパンが開校予定と、イギリスの名門パブリックスクールが続々と上陸。日本にいながらにしてインターナショナルな教育を受けられるボーディングスクールも増えつつある。けれど、JINISのような小学生を対象にしたところは、他にはない。
「グローバルな人材が求められる今、お子さんを幼少期からインターナショナルスクールで学ばせたり、海外のボーディングスクールに入れたりという風潮は強くなっている気がします。けれど、そうした学びでは、本当の意味でのグローバルな人材は育たないのではないでしょうか」と語るのは、同校を創立、理事長を務める末松弥奈子さんだ。
海外の企業が、ダイバーシティを目的に日本人を採用する際、求めるのは、グローバルな視点を持った“日本人”だ。けれど、日本で運営されているインターナショナルスクールの場合、アメリカンスクールはアメリカの、ブリティッシュスクールはイギリスの教育を行い、日本の文部科学省の学習指導要領に沿った学びは実施していない。当然のことながら、校内の公用語は日本語ではなく英語。英語力は磨かれるものの、日本語のレベルを高めることは難しく、また、日本社会や文化に触れる機会も、日本の学校に比べてぐっと少ないわけだ。となると、 “日本人度”は、必然的に低くなってしまう。
「そこで、日本をホストカントリーにバイリンガル教育を施す一条校(学校教育法の第一条に書かれている教育施設のこと。国が学校だと認めた施設を指す)として、JINISを創立したのです」
早過ぎる海外留学はリスクも伴う
末松さんが、幼少期における母国語教育の重要性を実感したのは、自身の経験を通じてのこと。ひとり息子は、小学3年生の時、スイスにある名門ボーディングスクールに編入し、約10年間そこで過ごした。
「当時、経営者として多忙を極めていたため、育児や教育にかける時間が十分に取れていませんでした。そんな時、ボーディングスクールという、24時間プロに教育を任せる選択肢があることを知ったのです。その選択は、私たち親子にとって大正解でした。息子は、すばらしい環境で、さまざまなことを学び、貴重な経験ができる。そして私は、仕事に集中でき、パフォーマンスが上がりました。そういえば、息子が、長期休暇で日本に帰ってきたときに、私のために誕生日ケーキを焼いてくれたこともありました。日本で一緒に生活していたら、そんなことはなかっただろうなと思います」
末松さんの息子が学んだボーディングスクールは、スイスの公用語のほか、ネイティブスピーカーから英語が学べるなど、2ヵ国語以上がマスターできる上に、世界50ヵ国以上から生徒が集まるため国際色豊か。学業はもちろんのこと、スポーツや文化活動にも力を入れており、教養も身につく。
しかも、自然に囲まれた広大な敷地には、本格的な音響設備が備わったホールをはじめ、10面のテニスコートにサッカーグランドが2面、屋内外プールなど、スポーツ施設も充実。季節ごとに、乗馬やゴルフ、スキー、トレッキングなど、多種多様なアクティビティが用意され、幅広い経験を積むことができる。教養豊かな国際人を育むにはベストな環境だったのだ。
ところが、息子の大学進学が近づいてきた頃、末松さんは「母国語を身に着ける重要性」に気づかされる。
「IB(インターナショナルバカロレア)の受験で、言語は、英語と母国語の2つを指定されるのですが、母国語で試験を受けることの難しさを思い知らされました。息子は、小学3年生で海外に出てしまったので、日本語が十分ではなかったことに加え、日本の文化にも疎いわけです。論文で、夏目漱石について書きなさいと言われても、時代背景や日本の風習がわからないから、難しくて。母国語教育の大切さを痛感しました」
息子の同級生たちはというと、それを見越してなのか、小学校あるいは中学高校のいずれかで、しっかり母国語教育を受けていたそうだ。
「自分自身を振り返っても、私の骨格をつくってきたのは、日本で受けてきた教育。そうした日本人としての骨格がないと、海外に出た時、自分のアイデンティティに迷いが生じやすいような気がします。それに気づいた時、日本の教育と海外の教育の両方を受けられるボーディングスクールを日本で開校することの意義を強く感じました」
それが今から6年前、2016年頃のこと。末松さんは情熱がたぎるまま、猛スピードで学校設立に動く。そして、'20年、理想のボーディングスクールを、故郷広島県に開校したのだ。
後編では、これまでの日本の教育施設とはまったく異なるJINISの魅力について、「長期休暇中以外は、私もJINISに常駐しています。授業がある日中はオンラインでジャパンタイムズなどの仕事をし、放課後は、子どもたちと遊んだり、食事をしたり。毎日がとても楽しいですね」と語る末松さんに解説してもらおう。