パティシエ・小山進さんの職人の顔に迫った統括編集長の舘野晴彦。今回、インタビューをするにあたって、どうしても聞かなくては不自然になってしまうことがあった。小山さんが代表取締役を務める「パティシエ エス コヤマ」が、労働環境の是正勧告を受け謝罪をしたというニュースについてだ。後編では、小山さんの経営者としての顔に迫り、本音を聞くことができた。【小山進の職人の顔はこちら】動画連載「2Face」とは……
「反省しかない」自分を見つめ直して今、思うことは
「パティシエ エス コヤマ」が、労働環境の是正勧告を受け謝罪をしたというニュースについては、ゲーテ編集部にも謝罪と経緯についての手紙が届いていた。
手紙の内容は、同社従業員の労働環境について、2018年1月15日付と’21年1月14日付の2回にわたり「伊丹労働基準監督署から、労働基準法第32条、第36条等の労働関係法令の違反について、是正勧告書を受領いたしました」と説明。それを受け、'21年12月27日付けで是正報告書を提出したとし、「併せて、手作りの美味しさを守ることとバランスを取りながら、店舗の営業時間短縮や、労働環境改善の取り組みを継続して行っております」と記されていた。
超過労働を従業員にさせていたということはもちろんわかるが、一体何があったのか。小山さん本人に直接話を聞きたかった。
「全国各地から、エスコヤマで働きたいと多くのスタッフが毎年集まってくれています。そんなスタッフに対して、僕は教えることがすごく好きなので、”何か将来に残してあげたい”と思う気持ちが強くなってしまったんです。
僕自身、ものづくりが好きで突き詰めてしまうタイプ。その面白さを教えたいと思い、時間を忘れて一緒にものづくりをしてしまっていました。僕がその子のためだと思って喋っている時間も、その子にとっては仕事の時間です。その意識が頭にはあっても、実際にはできていない部分がありました。
自分たちが修業していた時と比べているわけじゃないんです。僕が思っている幸せだけが正しい形じゃない。それぞれの幸せを考えなくてはいけないと痛感し、ものすごく反省しました」
周りの声を常に聞いていかなくてはならない
世の中の働き方改革に鑑みても、個人の心身のこと、人権のことを考えて改善しなくてはならない。しかし、仕事とプライベートの境目が曖昧になりやすい職種はもちろん存在する。好きでやっているのならば、それは許されるのか? 今後の働き方について、小山さん自身が考えていることをたずねた。
「今の時代のことをもっともっと勉強しないといけない。わかっていないことが多すぎました。そういった反省でいっぱいなんです。だからといって、商品の質を落とすわけにはいきません。
週休2日はもちろんのこと、それに加えて、カフェのスタッフはお休みにして、僕と数人のパティシエで、デザートのコースをお客様の目の前でつくるというイベントの日を新たに設けたり、今回のことをじっくり考えるなかで、”こういうことも、もしかしたらできるかもしれない”と、視点を変えるようになりました。
工夫を重ねて、守るべきことをきちんと守り、お客様から『えっ! これどうやってるの? 』と聞かれた際に『実は、こんな工夫をしているからできているんです』と言えるようになりたい。今までとは違う新しいスタイルのお菓子屋さんを目指したいのです。
’21年5月ごろから、改善、改善を繰り返してきました。繁忙期のクリスマスやバレンタインも、新しいルールのなかで乗り切れたことは、スタッフみんなで喜び、自信につながりました」
お菓子の仕上がりを変えないためにも、徹底的に工程を見直し工夫することで、スタッフの働く時間を守る。それに加え、お客様に対しても具体的に予約からお渡しまでの日数や、受け取りの時間を相談することも行った。
「特別注文のデコレーションケーキは、お客様の要望をうかがって、思いをデザインに落とし込む時間も必要になります。その時間を頂戴したいと、お客様にちゃんと説明をして、お渡しの日時を決めるようにしました」
「何とかしよう! という意気込みだけではダメなんですよね。クリスマスに関しても、この日のこの時間はまだ余裕がありますよ。この日時なら、できたてがお渡しできますよ。というように、お客様に提案することも以前からやってはいましたが、さらに強化するようにしました」
若手の育成についても、コンテストに向けた練習の時間もきちんと業務時間内に行えるよう調整をし、育成方法も見直しているという。手探りのなかで改善を重ねてきた小山さんに”未来のこと”を最後に聞いた。
「自分を見つめ直すなかで、大好きな音楽すら聴けなかった瞬間がありました。頭の中が無音になって、そんな状態が何ヵ月も続きましたが、今では大好きな音楽が少し聴けるようになってきました。
2〜3年前の僕が見ていたことと、今、自分の目の前に見えていることはまったく違うと感じています。今までは外の世界への興味関心が強かったのですが、身近にあることを深く細かく考えるようになりました。今まで気づかなかったところを、少しずつですが見られるようになってきた気がしています。その変化は、お菓子にも現れると思っています。
若い時に大好きだったミュージシャンが年を重ねて、年は取ったけれど今のほうが好きだな、と感じることってありますよね? 僕はそんな年の重ね方をしていきたい。それが”味”に現れると思うんです。
先日ニュースにもなった残業代の件についても、話し合いをきちんと進めて、お互いの合意が得られるまで向き合っていきたいと思います。過去にも真摯に向き合って、できる限りのことを、着実に、一歩一歩積み重ねていきたいです」
職人の世界だから仕方がない。そういう仕事だから当たり前。そんな考え方を捨てて、できる限りの工夫を重ねていかなくてはいけない。同じ目標を持っていても、走り方は人それぞれ違うため、周りの声を聞いていかなくてはならないと、改めて気づかされる。
一定のルールや制度をそのまま履行するだけでは、立ちいかなくなる企業も少なくないだろう。その世界が長い人たちこそ、自分たちの仕事に疑問を持つことを忘れてはいけない。そして、トップランナーだからこそ生みだせる工夫やアイデアは、新たなビジネスチャンスにつながるはずだ。
パティシエの世界で数々の功績を上げトップを走り続けてきた小山さんの経営者としての顔は、今の時代に合った新しい走り方を必死に模索しながらも、しっかりと前を見つめていた。
Susumu Koyama
1964年京都府生まれ。テレビ番組出演がきっかけとなり、いっさいの妥協を排し3年がかりで開発された「小山ロール」は、その完成度の高さから人気となり、日本全国にロールケーキブームを招く。2003年兵庫県三田市に「パティシエ エス コヤマ」をオープン。フランスの最も権威あるショコラ愛好会「C.C.C.」が行う品評会で、'11年から8年連続最高位を獲得する。
Haruhiko Tateno
1961年東京都生まれ。'93年、創立メンバーの一人として幻冬舎を立ち上げて以来、各界の著名人たちの多彩な作品を世に出し続ける。2006年に「GOETHE」を創刊し、初代編集長も務めた。
動画連載「2Face」とは……
各界の最高峰で戦う仕事人たち。愛する仕事に熱狂する姿、普段聞けないプライベートな一面。そんなONとOFFふたつの顔を探ると見えてくる、真の豊かな人生に迫る。