慶應義塾大学教授・岸博幸先生が、各分野で活躍するいま気になる人と対談する不定期連載企画「オトナの嗜み、オトコの慎み」。今回の対談相手は、動物保護ハウス『さかがみ家』を開設した俳優の坂上忍さん。【過去の連載記事】
成功を摑むには責任を明確にすべき
岸 2022年4月1日に8年間続いた昼の情報トーク番組『バイキング』が終了しました。今回の対談相手は、番組で総合MCを務めていた坂上忍さん。『バイキング』には僕も何度か出させていただきましたが、あの番組、いろいろありましたね。
坂上 いやあ、もうね。番組は『笑っていいとも!』の後番組としてスタートしたんですけど、始まった頃の評判は最悪。「こんなクソみたいな番組、すぐ終わるだろう」って(笑)、スタッフも言っていましたからね。
岸 当初は曜日ごとにMCが変わるスタイルでしたが、1年後に坂上さんが毎日MCを担当することになった。それから、番組が大きく変わり始めたんですよね。
坂上 初めの頃は、曜日ごとに制作会社が異なっていて、連携がうまく取れていなかった。ひとつの番組としての統一感やまとまりがまるでなかったんですよ。月曜の反省が火曜にまったく生かされない。反省や検証がないと、番組は成長していきません。
岸 その状況がどう変わっていったの?
坂上 全体を統括するプロデューサーをおいてもらうなどのお願いをしました。命令系統をシンプルに、連携をスムーズにして、スタッフ全員がひとつの方向性を共有するようになればいいなと思って。
岸 現場のスタッフの意識は変わりましたか。
坂上 僕は昭和の人間ですから、スタッフと毎晩、飲みニケーション(笑)。彼らの意見を聞き、お互いの思いを伝え合う。番組ではコーナーごとに視聴率が出るでしょ。頑張っているチームは数字が上がるんですよ。それをきっちりと評価するところから始めたいなと思っていました。
岸 完全に、MCの役割を超えている。『バイキング』が8年続く人気番組になったのは、坂上さんの力量ですね。
坂上 関わる以上、クオリティの高い番組にしたいですから。僕は短気なんだけど、意外に辛抱強い(笑)。理想が見えていれば、じっくり取り組むことができるんです。
岸 坂上さんが思い描いたことは実現できた?
坂上 いや、できなかったことは多いですよ。僕が取り上げたいと思ったネタも、番組としては不向きだと判断されることもありましたから。すべてがかなうわけではないんですよ。
岸 妥協しなければならない場面も多かったでしょう。
坂上 大切なのは、バランスですよね。10のうち、7割は方針に従い、3割は自分がやりたいことを貫き通す。個人的には、その3割を大切にしていきたいなと。
岸 そのバランス感覚はどのように育んでいったの?
坂上 バランスを大きく意識するようになったのは、映画監督をやった時かなあ。完成した作品を見て、「ダメだ、こりゃ」って思ったんですよ。で、どこがダメなのかを考えたら、映画には僕が言いたいことが詰めこまれすぎていた。これでは、観る人は鬱陶しいだろうなと。自分の言いたいことはもっと抑えて、大部分はお客さんが求めるものを取り入れていかなければならないと感じたんですよね。
動物を救うため『さかがみ家』を開設
岸 坂上さんは現在、動物保護ハウス『さかがみ家』を開設し、ペットショップで売れ残った病弱なワンちゃんを引き取るなど、動物愛護の活動に励んでいます。寄付に頼らず、すべて自分のお金で運営しているんですよね。
坂上 日本は動物保護への意識が極端に低い、スーパーウルトラ後進国ですよ。僕が生きている間に少しでもよくしたいと思って。僕はワンちゃんが好きで若い時にも飼っていたんだけど、忙しくて飼い切れなかった。その罪滅ぼしもあるかなあ。
岸 寄付を断る理由は?
坂上 寄付を募ったら、瞬間的にどーっと集まるでしょう。でも、それでは長続きしない。寄付金頼りで、10年続くとは思えないんです。ハウスを安定して続けていくためには、他の方法を考えないといけない。行政の支援を仰ぐのか、グッズの販売などでお金を得ていくのか、今模索中です。
岸 正しい考え方ですよ。寄付を募ると、まっとうじゃない人が集まってきますから。
坂上 それが嫌なんですよ。動物愛護を、金を稼ぐ手段としか考えない人と、一緒に事業をしたくはない。
岸 僕は坂上さんの正直な所が好きなんですよ。何でも率直に話すし、自分の真の姿を隠そうとしない。酒、たばこ、ギャンブル……。相当やっているでしょう(笑)。
坂上 すべて違法でも、何でもないじゃないですか。僕は競艇が大好きだし、たばこも1日100本吸う。ルールを守ってやっているのであれば、人にとやかく言われることじゃない。他人の嗜好をあれこれ言うような人間が増えているから、こんな全体主義のような風潮になっているんですよ。
岸 まったく同感。坂上さんのように、まっとうで、ロマンを持ち、自分の金で勝負するような人にもっと出てきてもらいたい。今の日本には人の顔色をうかがわない、真の意味で自立した人間が必要なんです。