PERSON

2022.06.23

元外交官トップ・佐々江賢一郎「安倍晋三元総理はなぜ一人で大統領に会いに行ったか」

外交官のトップである外務事務次官を務め、さらには駐米大使としても活躍した敏腕外交官・佐々江賢一郎氏による連載「元外交官トップ・佐々江賢一郎の超交渉術」。第2回は数多くの困難な交渉をまとめてきた佐々江氏に、交渉に挑む前の準備について訊く。【過去の連載記事】

交渉相手について調べた情報を出すのは半分まで

交渉やコミュニケーションにおいては、相手を知ることが重要になりますが、そのために必要なことが準備です。

まずやるべきは、調べること。経歴、思想、過去にどんな発言をしてきたのか、さらには趣味のような個人レベルの話も大きな意味を持つこともあります。

自分なりに想像力を持ち、相手はこういう人ではないかと考えておくのです。もちろん、これは予備知識であって、必ずしも事前に勉強したことが正しいとは限りません。

しかし、事前にある程度、相手のことを知っておくか知らないかで、コミュニケーションは大きく変わります。こういう話にはきっと花が咲く、ということもイメージしておける。話に幅や余裕を持たせることができるわけです。

ただ、難しいのは、あまりに調べ過ぎてしまうのも問題だということです。あなたのすべてを知っていますよ、ではスパイでもしているのかと思われかねない。適度に知っておくことです。それこそ、知っていても半分ほどしか出してはいけません。

外交官だから、特別な情報を持っているのか、と思われるかもしれませんが、普通の公開情報が役に立ちます。もし、情報があまりないなら、しょうがない。出たとこ勝負です。

トランプ元大統領の日本へのイメージを変えた安倍晋三元総理の行動

相手が重要であればあるほど、時間をかけて調べる価値は大きくなります。刊行された書籍を読み込む、というのも、ひとつの方法です。

トランプ元大統領も、書籍がたくさん出ていました。とてもユニークな人であることは、本を読めばわかった。どう対峙するのがベストなのかは、あらかじめ勉強することができたわけです。

例えば日本の印象については、彼自身のビジネスや東京訪問などの限られた体験のなかで、書籍でこんなふうに捉えられていた。日本人は黒い背広を着て、集団で、大勢で行動し、控えて黙っている。こういうイメージだったわけです。

でも、実際にはそうではないわけですね。だから、そのイメージを変えてもらう必要があった。そんななかで、当時の日本の安倍晋三総理大臣は、とてもよい動きをされたわけです。

安倍総理はまず、大統領選が終わって、正式にトランプさんがアメリカ大統領になる前に、ニューヨークを訪れました。南米に行く途中、給油で立ち寄ったアメリカでしたが、トランプタワーを訪ねていった。外国からの首脳の訪問は、もちろん初めてでした。

しかも安倍総理は、通訳だけを連れて、一人で行ったのです。そして、東アジアの問題など、いろんな問題について、極めてざっくばらんに話をした。トランプさんは、とても興味深く聞いたと思います。

これは大きなインパクトをトランプさんに与えました。たった一人でやってきて、フレンドリーに率直な話をしてくれた。しかも、大統領に就任後は高い関心を持っておかなければいけない、東アジアについての話。おまけに、ゴルフという趣味も一致していた。

親しみやすさ、誠実さに接し、自分が持っていた、日本人のイメージを覆すことになったわけです。さらにトランプさんはとても家族を大事にする人。トランプさんの家族が日本に来たときには、食事をするなど、しっかり面倒を見た。

こうなると、仕事上の付き合いでのいい関係、というところから、私的なところでもいい関係が築ける。一気に距離が近くなるのです。結果的に、2人が日米の首脳を務めている間、とても良好な関係が続きました。

相手を少しでも理解しておけば、何をすればいいのかのヒントが見つかる。準備の重要性を、我々に教えてくれるエピソードだと思います。

Kenichiro Sasae
1951年岡山県生まれ。東京大学卒業後、外務省入省。北米第二課長、北東アジア課長、内閣総理大臣秘書官、総合外交政策局審議官、経済局長、アジア大洋州局長、外務審議官、外務事務次官などを歴任する。2012年には駐アメリカ合衆国特命全権大使に就任。’18年より日本国際問題研究所の理事長を務める。

【連載 元外交官トップ・佐々江賢一郎の超交渉術】

TEXT=上阪徹

PHOTOGRAPH=太田隆生

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