まだまだ先行きが見えない日々のなかでアスリートはどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「コロナ禍のアスリート」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。
コンビ結成はインスタのDM、試合はぶっつけ本番
家族で楽しくボールを打ち合った幼少時代の記憶が頭に浮かんでいた。
「グランドスラムで優勝したなんて夢のよう。私は5人家族で育って、皆でテニスをするようになって、いつも混合ダブルスをプレーしていた。だから、混合ダブルスで優勝できたのは特別なこと」
2022年6月2日、パリ・ローランギャロスのセンターコート。今季4大大会第2戦、全仏オープンの混合ダブルス決勝で第2シードの柴原瑛菜(しばはらえな・24歳・橋本総業所属)、ウェスリー・コールホフ(33歳・オランダ)組が、ウリケ・アイケリ(29歳・ノルウェー)、ヨラン・フリーゲン(28歳・ベルギー)組を7-6、6-2のストレートで破り、優勝した。
柴原は4大大会初タイトル。全仏オープンの混合ダブルスで日本勢の優勝は1997年の平木理化、マヘシュ・ブパシ(インド)組以来25年ぶり、4大大会でも1999年全米オープンの杉山愛以来23年ぶりの快挙となった。
2020年全米オープン男子ダブルス準優勝のコールホフから4月にインスタグラムのダイレクトメッセージで「一緒に組まない?」と誘われた。柴原はコールホフのアカウントをフォローしていなかったため、気がついたのは2日後。「フォローしていない相手からのメッセージの通知が来ないので、すぐに見られなかった。チェックしたらメッセージが届いていたので急いで返事を送った」。慌てて快諾の返信をして、今大会で初めてペアを結成した。
手探りだった1回戦は第1セットを落としたが、試合を重ねるごとに連係は向上。2回戦以降はすべてストレート勝ちで頂点に立った。決勝は第1セットをタイブレークの末に先取し、第2セットは第2ゲームから5ゲームを連取して圧倒。最後は柴原が強烈なサービスエースで四半世紀ぶりの快挙を成し遂げた。ボレーやロブなど多彩なプレーで優勝に貢献。自身のサービスゲームは1度もブレークを許さなかった。
男女が交互にサーブを打つ混合ダブルスは、女子選手のサービスゲームをいかにキープするか、女子選手が男子選手のサーブをいかにリターンするかがカギを握る。女子選手は狙われやすい立場だが、柴原は男子のサーブを返し、男子からエースを奪える力を持つ。
日本人の両親の間に、米・カリフォルニア州で生まれ育ち、幼少時代から家族5人で混合ダブルスに興じた。3人きょうだいの末っ子は「4番目のスポットをとりにいく」立場。2人の兄の球を受けてきたことが、男子を苦にしない秘訣だ。「小さい頃から、お兄ちゃんの強いサーブを受けてきた。それに対して、どうリターンしたらいいのか分かる」と言う。
8歳の時に全米協会の強化選手に選出され、2016年全米オープンでジュニア女子ダブルス優勝。カリフォルニア大ロサンゼルス校に進学するが、休学して’19年1月にプロ転向した。同7月に日本国籍を選択。昨夏の東京五輪は女子ダブルス1回戦敗退、混合ダブルスは8強に進出した。
ツアー大会では’19年夏からペアを組む青山修子(34歳・近藤乳業所属)との女子ダブルスで通算8勝を記録。10歳差のコンビを1月の全豪オープン後に解消した。今季はシングルスを中心に転戦しながらさまざまな選手と組みダブルスにも出場している。
シングルスでサーブを打つ機会が増えたことでサーブの質が上がった。ネットプレーに長けた青山とのコンビではストロークに重点を置く試合が多かったが、他の選手と組むことで前衛の意識もアップ。シングルスに重点を置き、新たな一歩を踏み出したことが成長を後押ししている。
ウィンブルドン選手権(6月27日開幕)は男子ダブルスが5セットマッチのため、再びコールホフとコンビを組めるかは微妙だ。柴原は「もし組んでくれるならすごくうれしいが、全米オープン(8月29日開幕)もある」と2ヵ月前とは逆にラブコールを送った。
全仏オープン時のシングルスの世界ランキングは560位。「来年はグランドスラムの本戦にシングルスで出たい」という目標もある。原点といえる種目で4大大会を制したが、夢にはまだ続きがある。
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