どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。連載【スターたちの夜明け前】はこちら
2008年8月9日、高校1年の甲子園デビュー戦
ここ数年、毎年のように大型補強を敢行している楽天だが、今年あらゆる意味で注目を集めている選手と言えるのが日本ハムから移籍した西川遥輝だろう。2010年のドラフト2位でプロ入りすると、4年目の2014年にはレギュラーを獲得。4度の盗塁王に輝くなどチームのリードオフマンとして活躍し続けてきたパ・リーグを代表する外野手だ。しかし2020年オフにメジャーリーグ挑戦を目指してポスティングシステムを申請したものの、交渉が成立せずに残留。昨年は盗塁王のタイトルこそ獲得したものの、全体的に成績を落としたこともあって、若返りを図るチームから“ノンテンダー”という形で自由契約となり、楽天へと移籍することとなったのだ。昨年チーム盗塁数がリーグ最下位だった楽天からすると、リーグ屈指のスピードスターである西川の加入は大きなプラスであり、開幕カードとなったロッテとの2試合でいずれも盗塁をマークするなど好スタートを切っている。
そんな西川のプレーを現場で初めて見たのは2008年夏の甲子園だった。全国屈指の強豪である智弁和歌山で入学直後からレギュラーを獲得し、1年春の県大会ではいきなり4本のホームランを放って話題となっている。夏は手首を痛めていたこともあって万全な状態ではなく、甲子園でも初戦の済美戦は欠場。8月9日に行われた木更津総合との2回戦が甲子園デビューとなった。
この試合、西川は背番号18をつけて9番、サードで先発出場しているが、いきなり驚かされたのが3回で迎えた第1打席だ。初球の変化球に対してセーフティバントを決めて出塁したのだが(記録はピッチャーへの内野安打)、その時の一塁到達タイムは3.58秒をマークしたのだ。一塁到達タイムは左バッターの場合、4.00秒を切れば十分に俊足と言われるレベルであり、セーフティバントの場合はスタートが早くなる分、3.8秒台や3.7秒台を記録することも珍しくないが、3.5秒台というのは1年間で300試合以上アマチュア野球を見ていても数回ある程度である。しかもこの時の西川は高校に入学してまだわずか4カ月程度の1年生であり、この年代でこれだけのスピードがあるというのは驚きである。今回、改めてこの試合の映像を探して見てみたが、バント自体はそれほど良いコースではなく、投手の正面に近いところに転がったものだったが、西川のあまりのスピードに木更津総合のエース田中優が処理を焦った様子がよく見てとれた。
最初から狙っていたセーフティバント
結局この試合に西川が記録したヒットはこの一本だったが、第2打席のサードゴロ、第4打席のショートゴロではいずれも少し流しながら4.0秒台の一塁到達タイムをマーク。また、第3打席に併殺崩れで一塁に残った後には、プロからも注目されていた強肩捕手の地引雄貴(現東京ガス)から盗塁も決めている。試合後、他の報道陣は完投勝利をあげた岡田俊哉(現中日・当時2年)や4番でプロ注目の打者だった坂口真規(元巨人・当時3年)に集まる中、西川に少しだけ話を聞くことができたが、初々しい表情でセーフティバントは最初から狙っていたということを話してくれたのをよく覚えている。
結局この大会、智弁和歌山は準々決勝で常葉菊川に敗れたものの、西川はその試合でもスリーベース2本を放つなど打撃面でも非凡なところをアピールした。その後、怪我などに苦しんだ時期もあったものの、関西の高校生ではトップクラスの評価を得て、プロでもそのスピードを如何なく発揮している。レギュラーになったのが早かったため、ベテランと思われがちだが、今年で30歳という年齢を考えるとまだまだ第一線で活躍できる可能性は高い。新天地でもそのスピードを生かしてチームを牽引してくれることを期待したい。
Norifumi Nishio
1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。