PERSON

2022.03.20

西陣織老舗の12代目が語る、美意識を磨き続ける術

「美しいものを見極め人生を豊かにするには、美意識を磨き続けなければ」と西陣織老舗の12代目は言う。生粋の京都人の美意識の磨き方とは。その流儀を彼らの習い事に見た。【シン・男の流儀】

京都

謡の稽古の会場は、山科伯爵邸「源鳳院」の広間で。現在は結婚式の会場や和のイベント会場として使われるほか、文化発信の拠点になっている。

美意識を磨くトレーニングは継続してこそ

京都ほど「日本的美意識」を実感できる町は他にはない。衣食住はもとより、道も学も遊も。すべてにおいて、揺るがぬ美意識が貫かれている。

「美しいものには力があり、教えられることも多い。ただし美意識を磨くトレーニングを続けなければ、成長や変革はできません」と話すのは、HOSOO社長の細尾真孝氏。西陣織の伝統を守る一方で、ハイブランドや有名ホテルにもオリジナルの織物を提供し、西陣織をグローバルに発信してきた。

そんな細尾氏が茶道や華道とともに稽古をするのが能の声楽・謡(うたい)である。以前より「西陣織は能の衣装でもあり、謡や仕舞(しまい)に興味があった」そうだ。

この日の練習演目「猩々(しょうじょう)」に合わせ、稽古会場の床の間には、真っ赤な能装束を纏い酒に浮かれながら舞い謡う、古典書物に記される架空の動物、猩々の軸がかけられる。メンバーはそれぞれ仕事で身につける和装をドレスコードに参加。特別ゲストとして、ハーバード大学で仏教美術を研究し、現在は京都国立博物館に翻訳家として籍を置くダニエル・ボレンガッセール氏も参加した。凛とした雰囲気のなか、全員姿勢を正し、腹の底から声を出して謡う。〈左上より〉両足院 副住職 伊藤東凌、京繍作家 長艸真吾、ハーバード大学 仏教美術研究員 博士課程 ダニエル・ボレンガッセール、衣紋道山科流 30代家元後嗣 山科言親

宇髙竜成

【先生】
能楽師金剛流 シテ方 
宇髙竜成

友人で仕事仲間でもある衣紋道山科流(えもんどうやましなちゅう)の次期家元山科言親(ときちか)氏に「素人でも学べるか」と相談したところ、何人かで謡を習う機会をつくってはと提案された。山科家は代々宮中や将軍家などの衣装を調えてきたスタイリスト的存在。謡も笙(しょう)も蹴鞠(けまり)も代々身につけている。建仁寺の塔頭(たっちゅう)、両足院の副住職・伊藤東凌(とうりゅう)氏、京繍(きょうぬい)作家の長艸(ながくさ)真吾氏といった同世代で伝統を継ぐ人たちを誘って昨年の春から稽古を始めた。

稽古をつけてくれるのは、能楽師金剛流 シテ方の宇髙竜成(たつしげ)氏。謡本(台本)を前にして、宇髙氏のするとおりにおうむ返しに謡うことで、流れを身につけ理解を深めていく。何度も繰り返して稽古するうち、自分なりの表現ができるようになるという。

「謡うと本当に気持ちがいい。坐禅を組むなど精神的な鍛錬に近いものがあります。伝統芸能に触れながら、自分の心にも向き合える時間です」と細尾氏。一方で、お腹から声を出すことで、サウナのように心身も整う。茶道もそうだが、稽古の積み重ねが技術を高め、体幹や所作も磨くことになる。

古来の芸技や衣装を未来に継いでいく

稽古の後は、皆で食事をすることもあって、そんな時は、伝統文化の過去や未来に話が及ぶ。「もしも宇宙で能をやるなら、どんな演目がいいか」といった話題で盛り上がるそうだ。

「着物でお稽古ということもあります。着物もまた美意識を磨くもののひとつですから。日本のリーダーの方々が海外に出る時、上質な着物や能は必ず武器になってくれるでしょう」

現在、HOSOOはHOTEL THE MITSUI KYOTOの宿泊客のために人間国宝級の職人の手による着物で滞在を楽しむプランも用意している。

「最高峰の着物を着て歌舞伎を観たり、料理屋で食事をしたり。それだけで京都の町や料理の見え方が変わるはずです。特に男性にはお薦めしたい」

謡は少しハードルが高いという人は、まずは着物滞在を体験し、その後着物を誂(あつら)える。日本古来の美意識がしだいに見えてくるに違いない。

京都の流儀

1. 美意識をトレーニングする
2. 伝統文化を日常にとりいれる
3. 仲間と未来を語る

細尾真孝

HOSOO代表取締役社長
細尾真孝
1978年京都府生れ。元禄元年から続く西陣織の老舗、細尾家12代目。西陣織の技術、素材をベースにしたテキスタイルを国内外に展開。MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事も務める。

TEXT=中井シノブ

PHOTOGRAPH=伊藤 信

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