多様性が重視される時代が到来し、仕事に対する考え方や働き方が変容しつつある。変わりゆく社会に対応し、なおかつ成果を出す新しい仕事論を、時代を牽引するキーパーソンに聞いた。【シン・男の流儀】
料理の腕だけでは生き残れない
コースの進行に合わせ、壁面に映しだされたプロジェクションマッピングやBGM、照明が刻々と変わっていく。虎ノ門のレストラン『unis』は「ハレの日を彩る」をコンセプトに、料理だけでなく空間演出でも訪れる者を魅了するカウンターフレンチだ。2020年12月のオープンと同時に大きな話題となり、瞬く間に予約の取れない超人気店となっている。
「映像や照明、音楽はお客様の食事の雰囲気や進み具合を見ながら、僕自身がスマホで操作しています。料理しながら〝DJ〞をしているようなものですね」
そう笑うのは、エグゼクティブシェフを務める薬師神 陸氏。そのほかにも商品開発やイベント企画など、薬師神氏の活動は実に幅広い。飲食全体を指す「カリナリー」という言葉を肩書に用いているのは、そのためだ。
「『unis』に隣接する『Social Kitchen TORANOMON』の運営にも携わっていますが、ここは僕と同じミレニアル世代のシェフたちがフレンチやイタリアン、和食といった料理のジャンルを超えて情報交換し、仕事をシェアできるハブ。また、企業とシェフをつなぐプラットフォームでもあります。美味しいものをつくれる料理人は山ほどいますが、それだけではもう生き残れない時代です。接客が得意、空間演出がうまい、企業のニーズに応える商品を開発し、イベントをプロデュースする……。料理を作って提供するだけで満足するのではなく、自分の強みや特長を活かしてもっといろんな挑戦をしていく。それが料理人の可能性を広げていくことにもつながると思っています」
料理人が幸せでないと業界全体が潤わない
飲食業界全体のあり方を変え、企業や社会とつながる拠点づくりに尽力したい。レストランの中だけに収まらないその発想は、調理師専門学校を卒業後、同校の講師に就いたという経歴も影響している。
講師時代は、講義や実習だけでなく、テレビ番組の料理監修や企業イベントのプロデュース、ディレクションなどを経験。『SUGALABO』時代は業務管理や行政との商談、イベント調整なども自身で行っていた。
「レストランの現場は壮絶。朝から仕込みを始め、仕事が終わるのは夜中という店は少なくありません。それでは、料理人は心身ともに疲弊するばかり。業務や生産性を見直し、効率よく働くことで自由な時間が増えれば、生産者を訪ねる、新しい技を学ぶ、異業種の方と会って情報収集するといったインプットが可能。結果的に、それがお客様に還元され、料理業界の底上げにもつながるはず。労働環境の改善や地位向上など、シェフが幸せにならないと業界は潤っていかないと思います」
実際、『unis』は8席限定で、営業は水曜から土曜までの週4日、1日2回転のみ。それは、スタッフが業務以外の自分の時間がとれるようにという想いからだ。
「理想は、インプット4でアウトプットが6。ただ、僕自身は休みなく働くことも多々あります(笑)。仕事自体がインプットでもあり、アウトプットでもありますね」
また、コロナ禍で行き場を失った養殖魚を活用するプロジェクトや、放置された竹林の竹を使ったスイーツの考案など、社会課題の解決にも力を注ぐ。
「働き方改革やSDGsは、料理業界にとっても取り組むべき問題ですし、料理人だからこそできる価値づくり、ものづくりもたくさんある。そうやって料理人が輝くことで、『料理人って、やりがいがあって格好いい』と思い、目指してくれる人が増えれば嬉しいですね」
薬師神 陸の仕事
Restaurant/ハレの日のためのシェフズテーブル
『SUGALABO』時代を含め、全国600以上の生産者を訪ねた薬師神氏。厳選した旬の食材を使い、サプライズ感のある料理に合わせ、映像や音、照明などを演出。カウンター8席のみで完全予約制(毎月1日に2ヵ月後までの予約受付)。詳しくはこちら
Laboratory/若手シェフと企業、料理人同士をつなぐハブ
食のインキュベーション施設『Social Kitchen TORANOMON』では、商品開発などを手がけるほか、若手シェフと企業のマッチングや料理人同士の交流にもひと役買っている。コロナ禍で行き場を失った魚を活用する「SEAFOOD RESCUE U PROJECT」なども実施。
Event/企画や人選から携わりファシリテーターをも担う
1月より開催された食のイベント「EAT & LEAD トークサロン 食べることから学ぶ、生きる力」。異業界のトップランナーとのクロストークでは、ファシリテーターを務めた。次回は、3月15日に実施予定だ。詳細・申し込みはこちら
薬師神 陸の仕事の流儀
1. “DJ〞をしながら料理を提供する
2. インプットとアウトプットの割合は4:6
3. 料理人と企業、社会の接点を増やす