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2022.02.23

氷の神様は見ていた、高木美帆のオールラウンダーの原点──連載「コロナ禍のアスリート」Vol.45

まだまだ先行きが見えない日々のなかでアスリートはどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「コロナ禍のアスリート」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。

写真:新華社/アフロ

「体は限界。内臓はギリギリ」

極限状態で戦い抜いた3度目の五輪が幕を閉じた。北京五輪最終日の20日。日本選手団主将のスピードスケート高木美帆(27=日体大職)は北京市内のメインメディアセンターで会見に臨んでいた。隣には女子団体追い抜き銀メダルメンバーの姉・菜那(29=日本電産サンキョー)、佐藤綾乃(25=ANA)がいる。年間300日超の合宿で苦楽をともにしてきた仲間にも支えられ、5種目で7レース、計1万3200㍍を滑りきった。

「五輪は本気を味わえる場所だと強く感じた。本気の舞台で本気で戦えるのは幸せ。しんどい期間もあったけど、楽しかった」

手にした勲章は金1、銀3。一大会4個のメダルは冬季五輪の日本人最多となった。金銀銅を獲得した2018年平昌五輪を含めた通算メダルは7個。競泳男子平泳ぎ2大会連続2冠の北島康介、体操のキング内村航平らに並ぶ6位タイで、女子では柔道の谷亮子らの5個を超えてトップに立った。「同じメダルでも自分の中で感じる気持ちがこんなに違うんだな」と4つのメダルを首から下げ、実感を込めた。

最初のレースとなった3000mは6位で、4年前の5位を下回った。続く1500mは優勝候補の本命に挙がりながら銀。3種目はレース経験の少ない500mで望外の銀を手にした。4種目は連覇を狙った女子団体追い抜き。決勝でカナダをリードしていた最終周の最終コーナーで姉・菜那が転倒するまさかの結末が待っていた。

銀を3つ並べて迎えた最後の1000m。レース前日から疲労で食欲が落ち「体は限界。内臓はギリギリ」の状態だった。好物の納豆と白米を何とか胃に流し込み、ゼリーでエネルギー補給。スタートラインに立つと「2周ならいけるという謎の自信」が湧いた。五輪記録を0秒37更新する好記録で優勝。初出場した’10年バンクーバー五輪で最下位の35位に沈んだ因縁の種目で悲願の個人種目での金を手にした。

「君が代を聴き、感慨深いもの、込み上げてくるものがあった。やっとこの場所に立てた」。

メダル授与式で君が代が流れると、目に涙がにじんだ。

タフな日程をこなすことが今後につながる

オールラウンダーの原点は12年前にある。中学3年で出場したバンクーバー五輪で惨敗。打ちひしがれていると、当時の日本選手団の橋本聖子団長から「1500mを滑りきれる選手になってほしい」と声を掛けられ「3000mの持久力と500mのスピードが必要。全部やったほうがいい」と助言された。’88年カルガリー、’92年アルベールビルで5種目を滑った大先輩。その背中を追う日々が始まった。

帯広南商業高等学校時代はシニア、ジュニア、国内外を問わず、日程の許す限り大会に出場。ケガを心配する東出俊一監督から欠場を提案されても「全部出る。タフな日程をこなすことが今後につながる」と聞き入れなかった。年間で一般的な選手の3倍近い60レースを滑った年もある。現在もW杯や全日本選手権などで1日複数レースは当たり前。

「個人種目で初めて金を獲れたことよりも、7レース目で金を獲れたことがうれしい」。

長年の蓄積を、氷の神様は見ていた。

エアロバイクで測定する体重1㌔あたりの瞬間出力はナショナルチームの女子中長距離選手4人で最も低い。突出した能力はないが「少ないエネルギーでスピードを出すにはどうすればいいか」を追求して世界トップの地位を築いた。無駄な力を使わないため、氷のしぶきが全く上がらないのが特徴だ。常にメモ帳を携帯し、気づいたことや人に言われたことなど、必要と感じたことは何でも書き留める〝メモ魔〟。読書好きで、幅広いジャンルに目を通し「スケートは生活の一部なので、大抵のジャンルが競技につながる」と言う。あくなき探求心が強さの秘訣だ。

激動の2週間を終え「4つのメダルを獲得し、無事に最後まで走りきることができた」と達成感はある。その上で「3000mはまだ上位と差があると感じる。オールラウンダーになれたかというと、まだそこまで」と厳しく自己評価。「銀を3つぶら下げていたので、金メダルの実際の質量が重たいとは感じない」と冗談を交えつつ「これからのことを考えると金の重みを感じる」と女王の自覚も口にした。

休む間もなく、3月には世界選手権(3~6日、ノルウェー)、W杯最終戦(12、13日、オランダ)が待つ。’26年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪については「自分で決めることではなく、湧き上がってくるもの」とした。4年後は31歳。1500m覇者の宿敵イレイン・ブスト(35=オランダ)ら世界では30代で活躍する選手も多い。記録にも記憶にも残る戦いを演じても、自己評価では最強オールラウンダーへの道半ば。目標はまだ先にある。

TEXT=木本新也

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