ホテル、レストランなどの商業施設、また個人の邸宅においても、今や欠かせない存在であるアート。そこに1点置くだけで、空間そのものの世界観が変わるほどの力を持つものがある。それを探し、依頼するのもデザイナーの仕事。その過程で生まれる化学反応が面白いのだ。デザイナー森田恭通の連載「経営とは美の集積である」Vol.22。
前回、2年ぶりに「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ」を訪れた話をしましたが、そこに行く理由のひとつは、インテリアデザインという僕らの仕事にアート、そしてアーティストが不可欠であるからです。ホテルやレストラン、オフィス、そして最近では個人の邸宅においても、インテリアのひとつの要素としてアートが求められる、また必要とするシーンが数多くあります。
今春竣工予定のとある方のセカンドハウスは、かなり大規模な物件。ゲストルームが多いので、各部屋の雰囲気をアートによって変えようと考えました。海のそばに建つその家に合うよう、6人のアーティストに"ブルー"というテーマでユニーク作品(世界でひとつの作品)を依頼しています。個々のタッチや作風はもちろん知ったうえでのオーダーで、今から仕上がりを楽しみにしています。
2021年春にリニューアルした嵐電・北野白梅町駅では、大屋根の駅舎に地名の由来でもある「白梅」をデザインで表現したいと思いました。そこで力をお借りしたのがスーパーカスタムペインターの倉科昌高さんです。駅舎という特性から経年劣化や耐久性など厳しい基準が求められるのですが、彼は試行錯誤を繰り返し、最高のクオリティのペイントで仕上げてくれました。彼は塗料を熟知し尽くしていて、塗装の神様を超え、塗装の変態ともいえる素晴らしいアーティスト。また、渋谷のMIYASHITA PARKにある「ダダイタイ ベトナメーゼ ディム サム」の階段下の斜壁に4mの女性を描いた佐藤誠高さんは、今やその作品は3年待ちといわれるアーティストです。人気イラストレーターとして知られるShogo Sekineさんも最近よくご一緒するアーティストのひとり。帝国ホテルタワー館の「HOTEL BAR」の壁画を依頼した際、彼はかわいいイラストも描ける人ですが「もう少しグラフィティに寄せ、もっと好き放題にやってみてほしい」とリクエストしたところ、途中から大胆に方向転換。本来の彼の作品とは違うものになり、これによってバー全体の雰囲気が、僕が思い描いたレザネフォール時代のバーに仕上がりました。
アーティストとは、世の中に対して必ず何らかの訴えを持っている人たちです。それが形となり、美しさとなった時、人が共感して、感動して、アートになるのです。本来は自分が思い描いたものを作品として生みだすアーティストではありますが、僕との仕事で、時にいい化学反応が生まれることがあります。持ち味とは違うものを求められ、それによって潜在的に持っていた力が引きだされ、新しい扉が開くこともあります。その瞬間に立ち会えることは、とても幸せです。
今はインターネットで世界中のアーティストとコンタクトが取れるようになりました。でも出会うチャンスが多い分、情報量が多すぎて、アーティストの個性が出しづらい時代なのではないでしょうか。だからこそ僕はアーティストにももっとチャンスが必要だと思うのです。そのチャンスを得られる場を積極的に提供したいと、考えています。そのためにも僕自身、アートを見る目も常にブラッシュアップしていきたい、と思っているのです。
Yasumichi Morita
1967年生まれ。デザイナー、グラマラス代表。国内外で活躍し、2019年オープンの「東急プラザ渋谷」の商環境デザインを手がける。その傍ら、’15年よりパリでの写真展を継続して開催するなど、アーティストとしても活動。オンラインサロン「森田商考会議所」はこちら。