慶應義塾大学教授・岸博幸先生が、各分野で活躍するいま気になる人と対談する不定期連載企画「オトナの嗜み、オトコの慎み」。【過去の連載記事】
YouTube人気は後からついてきた
岸 僕は若い時にロッククライミングをやっていて、キャンプも相当な数を経験しています。でも、キャンプには辛い思い出しかない。荷物を軽くするために、持っていく装備は最低限。冬山で、薄いツェルトザックひとつでビバークすることもありました……。今回の対談相手はソロキャンプでブレイク中のヒロシさん。いきなりですが、キャンプって楽しいですか?
ヒロシ 楽しいし、快適ですよ。岸さんがやっていたのは、ロッククライミングで、キャンプはそれに付随するもの。それは僕のキャンプとは違います。ツェルトひとつで寝ることもないし、エネルギー摂取のために豆などを最低限食べ、空腹に耐えることもありません。僕は自分好みの厚さの鉄板を持っていき、ステーキ肉を焼いて食べます。
岸 そのキャンプを“ひとりぼっち”で行う理由は?
ヒロシ 同行者がいると、何倍も気を遣うんです。特に「私も連れてって」精神の人。危険から命を守らなければならないし、テントや食事も用意してあげなければいけない。それが嫌で、試しにひとりでキャンプに行ってみたら、「なんて楽なんだ」と。もう、ソロキャンプしか考えられないです。
岸 わかります。僕もクライミングは単独で行っていた。ザイルで誰かと身体を結び、一緒に登るのが心底嫌い。ザイルは技術が低い方に合わせないといけない。気を遣うのが、本当に嫌。
ヒロシ 僕は26歳で九州の田舎町から上京し、お笑いの世界に入りました。「ヒロシです。」でブレイクした時期もありましたが、気遣いばかりしている自分に疲れてしまった。岸さんが出演している『全力! 脱力タイムズ』に出させていただいた時も、MCの有田哲平さんを見て緊張し、自分らしさが何も出せなかった。で、キャンプで息抜きをする。これが最高に面白い。本当の自分を取り戻せたような気がしました。
岸 それが本業になったのがすごい。YouTubeは仕事という意識でスタート?
ヒロシ 仕事にしようという戦略はまったくなかったですね。美しい風景や焚火の様子を記録として残しておきたいと思って、2015年にチャンネルを開設しました。
岸 そして、ソロキャンプのカリスマになった。
ヒロシ ソロキャンプを始めた頃は、「あの人、ひとりでキャンプに来てる……」と、周囲からひそひそと声が聞こえてきた。それが今や「YouTube、応援しています!」ですから。5、6年でこんなに変わるのかと、正直驚いていますね。
岸 時代が変わってきている証ですよ。みんなで何かを成し遂げる時代から、個人が好きなことを突き詰める時代へ。目上の人間に同調しているだけでは、何も生まれません。
ヒロシ 確かに。僕も若い時は「人にどう見られているか」が、すごく気になった。「あいつ、スゲーな」って言われたかったんですよ。それが、最近はどうでもいいな、と。要は自分なんだ、と感じます。僕はタレントマネジメントやイベントの企画などを行うヒロシ・コーポレーションという会社を経営していますが、ひと昔前なら「でかい会社に育てたい」と考えたはず。でも今は、少数精鋭で質を重視してやっていきたい。
岸 最近盛んにいわれているSDGsの理念にもマッチしていますね。
ヒロシ 僕って、ラッキーなんですよ。ソロキャンプが話題になったのも、デジタル時代とうまくリンクしたおかげだし。
目の前に集中すればストレスは吹っ飛ぶ
岸 ヒロシさんはキャンプ中、何を考えています?
ヒロシ 目の前のことしか考えないですね。「どうして火がつかないのか」とか、「薪にするのに広葉樹は硬いな」とか。ひとつのことに集中できるから、日頃のモヤモヤが吹っ飛び、リフレッシュできるんです。
岸 実は僕も密かな趣味があって、チェーンソーとオノが大好きなんです。
ヒロシ 危ない人じゃないですか。
岸 いや、そうではなくて。僕の子供たちに自然の大切さを学んでもらおうと薪ストーブを購入したんですが、薪割りをやってみると、楽しくてたまらない。拾い集めた木々を斧で割り、薪ストーブにくべる。その瞬間が至福です。
ヒロシ 岸さんの感覚、いいなあ。多くの人たちって、薪を買うものだと思っているんですよ。でも、自分的にはそれではキャンプの醍醐味は味わえない。流行りのグランピングも、自分には合わない。キャンプ場にシェフを呼び、料理を作ってもらい、シャンパンを飲む。それはそれでまた違う楽しみ方ですが。
岸 薪がうまく割れない自分の無力さを知るためにも、本当のキャンプを始めてほしいですよね。
ヒロシ 僕は最近、着火剤を使わずに、火打石で火を起こすことに挑戦している。苦労して起こした火で料理を作り、コーヒーを淹れ、食後は残り火でタバコに火を点ける。大自然の中で楽しむコーヒーとタバコは、最高としかいえません。
岸 同じ愛煙家として、よくわかります。クライミングでも山頂で楽しむ一服は、格別な時間です。
ヒロシ それが、最近はタバコ不可のキャンプ場が出てきているんですよ。混雑している場所で吸わないのは当然ですが、オープンエアの誰もいない場所で吸うのがダメだと辛いです。最近は、タバコを悪として扱いすぎ。広い視野で物事を捉えられるようになるためにも、キャンプを体験してほしい。
岸 確かに。弱い者いじめの社会から脱出するには、キャンプがキーワードとなるかもしれませんね。
Hiroshi(右)
1972年熊本県生まれ。2004年頃、「ヒロシです。」のネタでブレイク。近年はYouTube『ヒロシちゃんねる』が人気を集め、登録者が110万人を突破。’21年にキャンプブランド「NO.164」を立ち上げた。隔週土曜日夜0時~『ヒロシのひとりキャンプのススメ』(熊本朝日新放送)に出演。
Hiroyuki Kishi(左)
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を務めた。2021年、菅政権で内閣官房参与に。現在、エイベックスGH顧問のほか、総合格闘技団体RIZINの運営にも携わる。