PERSON

2021.05.13

近大のエースとして注目を浴びた糸井嘉男の超人伝説【スターたちの夜明け前】

どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。連載コラム「スターたちの夜明け前」第4回は阪神タイガースの糸井嘉男を取り上げる。連載【スターたちの夜明け前】

近大時代の糸井嘉男 (c)読売新聞/アフロ

2003年6月12日・全日本大学野球選手権1回戦 九州共立大戦

現在、セ・リーグで順調に首位を走る阪神。ルーキーながら4番を任されるなど大活躍を見せている佐藤輝明に注目が集まっているが、同じ近畿大出身の先輩で"超人"の異名をとり、長く第一線でプレーし続けているのが糸井嘉男だ。佐藤の加入で今シーズンは代打での出場が多くなっているが、5月に入って先発出場した2試合ではいずれもホームランを放つなど、今年で40歳とは思えないパワーを見せつけている。

そんな糸井も高校時代は全く無名の選手で、近畿大進学後も下級生の頃はリーグ戦に出場すらしていない。ようやくその才能が開花したのは3年秋からで、リーグ戦初勝利を含む3勝をマーク。最終学年となる4年春からはエースとなると、150キロを超えるストレートを武器に5勝0敗という見事な成績を残してチームのリーグ戦優勝に大きく貢献。自身もMVP、最優秀投手、ベストナインの三冠に輝いたのだ。

そして大学時代の糸井が最も注目を集めた試合がこのリーグ戦後に行われた全日本大学野球選手権である。初戦で対戦する九州共立大には、この年の大学生投手ナンバーワンとも言われていた馬原孝浩(元ソフトバンク、オリックス)が在籍しており、150キロを超える本格派右腕の投げ合いに神宮球場のネット裏にはNPB12球団だけでなく、メジャーリーグのスカウトも姿を見せていた。

近年の高校野球に例えると、2012年の選抜高校野球で大谷翔平(花巻東)と藤浪晋太郎(大阪桐蔭)が1回戦で直接対決した時くらいの注目度の高さであったことは間違いない。しかしそんな大注目のカードは意外な結末を迎えることとなる。立ち上がりから制球の定まらない糸井は1回にツーランを浴びるなどいきなり4失点。2回も四球で走者をためてスリーランを浴びるなど立ち直ることができずに失点を重ね、1回2/3を投げて7失点というまさかの大炎上で降板となったのだ。

最終的なスコアは5回コールド、14対0で九州共立大が大勝。糸井とは対照的に馬原は近畿大打線をわずか2安打に抑え込み、勝ち投手となっている。糸井と馬原の投げ合いに対する試合前の期待感が非常に大きかっただけに、試合後の球場は何とも言えない雰囲気になっていたのをよく覚えている。

大炎上しても感じさせた抜群のポテンシャル

散々な結果に終わったこの試合の糸井だったが、それでも光るものがあったのは確かである。ストレートは自己最速と言われていた151キロには及ばなかったものの、当時の大学球界ではトップクラスと言える147キロをマーク。試合を記録した私自身の取材ノートには、課題も多く書いていたものの、その一方で「全体的なフォームのバランスは良く、スムーズな流れで腕の振りにしなやかさがあるのが長所。真上から腕を振り、ゆったりと投げている時は目を見張るようなボールが来る」と能力の高さを評する言葉も記していた。

そんな中でも最高の誉め言葉は「フォームに関してはオーソドックスで致命的な欠点はなく、スケールの大きさは馬原よりも上」というものだ。この日の馬原は故障明けで全体的に腕の振りが弱かったということもあるが、試合序盤で早々に炎上した投手に対してここまで称賛の言葉を並べることは珍しい。端的に言えばそれだけ"投手・糸井"が魅力に溢れていたということである。結局その秋のリーグ戦では太ももの故障もあって成績を落としてチームは優勝を逃し、結果的にこの試合が糸井のアマチュア時代で唯一となる全国の舞台となっている。

プロでも投手としてプレーしたのはわずか2年で、一度も一軍で登板することがないまま野手に転向。この決断が結果として大成功だったことは間違いないが、あまりにも早い野手転向には驚かされた。

改めて振り返ってみると、投手として結果を残したのは大学3年秋、4年春の2シーズンだけであり、それだけの実績でも高い評価でプロ入りしたということも、ある意味、糸井の"超人伝説"の一つと言えるのではないだろうか。もし生まれてくるのがもう少し遅く、高校時代に才能が開花していれば日本ハムの後輩である大谷翔平のように二刀流という選択肢も十分に考えられただろう。年齢を考えると残された現役生活は長くはないかもしれないが、マーリンズ時代のイチローのように投手としてプレーする姿を見せてくれることにも期待したい。

【第3回 前田健太(ツインズ)】

Norifumi Nishio
1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。

TEXT=西尾典文

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