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2019.11.04

映画監督・周防正行「"驚き"こそが映画製作のすべての始まり」【滝川クリステル/いま、一番気になる仕事】

約5年ぶりとなる新作映画『カツベン!』の12月公開を控えた周防監督は、日本国内を飛び回っていた。自身の驚きを発端として、取材を重ねるスタイルは今も健在で、その圧倒的な掘り下げる力の秘密に迫った。

周防正行さん×滝川クリステルさん

総理大臣並みに稼いでいた活動弁士

滝川 約5年ぶりの最新作『カツベン!』は、映画にまだ音がなかった大正時代に活躍した活動弁士(カツベン)を夢見る青年が主人公です。監督はこれまでにも学生相撲や社交ダンス界、舞妓さんなどを題材にされていますが、今回はなぜ弁士に着目されたのでしょうか?

周防 長年タッグを組んできた片島章三さんが温めてきた脚本がすごく面白くて、そこから自分でも取材を重ねました。かつて日本の映画館には必ず、スクリーンの横に立って映画の説明をする弁士がいました。昭和初期には約7500人いた花形職業で、人気弁士は時の総理大臣と同等かそれ以上に稼いでいたと言われるほど。弁士なしに日本映画史は語れません。なのに僕は、長らく弁士の存在を無視していたんです。監督がサイレントで撮っている作品は無音で観るべきと思いこんでいて。その罪滅ぼしの気持ちもあります(笑)。

滝川 弁士がいたから日本映画は発展が遅れた、というような批判もあるそうですね。

周防 当時から一部インテリ層は批判的だったようです。実際、どう撮っても弁士が全部説明して面白くしてくれる。それに当時は弁士こそが映画館の看板を背負う芸人であり、映画は話芸の素材でした。客層に合わせて、時にはシリアスな話も面白おかしく話す。どんな話も色っぽく話す「エロ弁士」と言われた人もいるくらいで。

滝川 同じ映画でも、弁士の持ち味で印象が変わるんですね。

周防 ワンカットの「長回し」って、初期の活動写真の定番でした。弁士が説明してくれる前提で、舞台中継のように正面引きのワンカットで撮る。

滝川 それをスポーツ実況みたいに弁士が解説するんですね。

滝川クリステルさん

映画の主人公が務める「活動弁士」とは何かを伝えるため、47都道府県を回ったという周防監督。映画『カツベン!』自体も、活動写真のようにアクションで魅せることにこだわったそう。

周防 そう、古舘伊知郎さんのプロレス実況や、みのもんたさんのプロ野球珍プレー好プレー解説は、人気弁士の話芸のようだと思います。語り芸自体、日本に根づく重要な文化なんですよね。人形浄瑠璃、落語、講談、浪曲、紙芝居もそう。映像に声を当てるという意味では、弁士は声優の走りともいえます。

滝川 日本のアニメや声優さんも海外から見ると独特の存在感ですものね。

周防 日本映画の独自性にもかなり関わりが深いです。例えば黒澤明監督は人気弁士だったお兄さんをとても尊敬していた。一方、小津安二郎監督の映画については、澤登翠さん(現在活躍されている活動弁士の第一人者)が「小津さんの映画は喋るたびに喋らせてたまるか、というようなものを感じる」とおっしゃっていました。肯定的に捉えるか否かは別にして、影響はかなり大きかったはず。

滝川 今、現役の弁士の方は、何人くらいいるんですか。

周防 十数名だと思います。ただ大正時代とは違って、目の前の観客を何でもいいから楽しませるというよりは、映画のオリジナリティを尊重して、面白さをより分かりやすく伝えるための語りに徹しますね。

滝川 トーキーの発展とともに、弁士の需要の在り方も変わってきたんですね。

周防 当時はまだ映画自体が新しかった。百年経って、監督の意向を尊重するのが当然だと思われるようになった現在とは背景が違います。でもかつて大衆から絶大な支持を得て、日本映画サイレント期の30年間を支えてきたのは、間違いなく弁士の彼らなんですよ。

日本映画という独自の文化を紹介する

周防 日本映画独自の存在である活動弁士は海外からも注目されていて、現在弁士の方は、よく海外上映に招聘されるようです。取材をとおして知り合った若いおふたりの弁士に俳優さんの演技指導をしてもらいました。正統派とやんちゃな天才肌タイプと正反対の芸風で。俳優さんたち、特に主演の成田凌さんにはかなりのプレッシャーをかけたんです。「あなたの喋りで活動弁士が魅力的に見えないと映画が嘘になる」と。七五調のリズムに慣れるところからでしたが、約4ヵ月の猛特訓で期待以上になってくれて僕も驚きました。

周防正行監督

滝川 試写で拝見しましたが、劇中の無声映画上映のシーンもとても楽しかったです。登場作品もほぼ新しく撮影されたとか。

周防 はい。オリジナルが4編、再現が6編以上。当時のフィルムが残っていない映画もあったからですが、時制を一致させたかったという側面もあります。大正時代の作品とはいえ、当時は新作として公開されていたわけですから。

滝川 監督は今作でデジタル撮影に初挑戦されていますが、無声映画はすべてフィルムで。

周防 いえ、後処理でCGを必要としないものだけです。カメラマンも照明技師もフイルム育ちだったので、モノクロ35ミリ撮影は嬉しそうでしたね。それにサイレントは撮りながら指示できるんですよ。「そこで立ち上がって」とか。

滝川 『カツベン!』のなかにもそういうシーンがありましたよね。みんな、わきあいあいと。

周防 音NGがないのは楽でした。飛行機や救急車が来ても大丈夫。ただ『雄呂血』だけは実在のフィルムです。チャンバラ映画の歴史を変えたといわれる記念碑的な作品。活動写真初期の歌舞伎的立ちまわりから、大正末にはここまで変わったということを伝えたくて、使わせていただきました。

滝川 映画愛を感じます。製作期間はどのくらいですか。

周防 撮影に入る前に3年半。撮影自体は4ヵ月です。通常は11〜2ヵ月ですから、贅沢なロケをさせてもらいました。

滝川 以前お話をうかがった時に驚いたのですが、監督は取材もとても綿密にされますよね。

周防 個人の想像力は現実に敵わないと思っているので、できるだけのことは調べます。クランクイン直前まで脚本を疑って修正して、あとは信じる。それに撮影現場はライヴだから、気をつけないと盛り上がりの熱気に流されそうになるんですよ。撮影に入ってからの変更やつまらない迷いは全体を崩すことがあるので、事前に徹底的にシミュレーションしておきます。でも共同作業ならではの醍醐味で役者さんの演技やスタッフのアイデアに助けられる部分も多いから、自由に発言できる雰囲気づくりは重視していますね。怒鳴らないとか、自分から率先してバカなことを言うとか。

滝川 監督は作風の幅も広いと思うのですが、作品のテーマによって、撮りやすさの違いのようなものはありますか?

周防 本音を言えば今回のように楽しい映画ばかり撮っていたいです(笑)。刑事裁判を題材にした『それでもボクはやってない』(2007)や、終末医療を題材にした『終の信託』(2012)のように社会的な問題を描く作品は、映画的に凝った演出よりもリアリズムを追求しますし、言葉ひとつの間違いも許されない。テーマが辛いから現場も暗くなっていくし。でも知ってしまった以上、見過ごすことはできなかったんです。

滝川 だから観る側としてもズシンと残るんですね。

周防 全作品、自分が驚いたことを知ってもらいたい、という気持ちでスタートしています。それが楽しいものでも、辛いものでも。僕は幸せなことに、今まで、撮りたいものだけ撮ってこれました。『カツベン!』に関しては活動写真が持っていた「楽しさ」を追求しました。ギャグやアクションに活動写真の魅力をふんだんに盛りこんだので、映画好きはもちろん、活動写真や無声映画になじみのない方にも、その新鮮な魅力やエネルギーを感じてもらえたら嬉しいですね。

Masayuki Suo

1956年東京都生まれ。立教大学文学部仏文科卒。’89年『ファンシイダンス』で一般映画デビュー。日本アカデミー賞の最優秀作品賞を受賞した『シコふんじゃった。』(’92)、同じく13部門で受賞した『Shall We ダンス? 』(’96)を始め、比類ない視点でさまざまなブームを巻き起こす。

カツベン!制作現場

映画が「活動写真」と呼ばれていた約100年前を舞台に、独自の喋りで無声映画の観客を沸かせた「活動弁士」を主人公に据えた青春活劇。笑って、ハラハラドキドキして、泣ける、周防監督史上、最高のエンタテインメント映画に仕上がった。

『カツベン!』

2019年12月13日公開
監督/周防正行 脚本・監督補/片島章三
出演/成田 凌、黒島結菜ほか
丸の内TOEIほかにて公開。

TEXT=藤崎美穂

PHOTOGRAPH=川口賢典

STYLING=吉永 希

HAIR&MAKE-UP=野田智子

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