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2018.10.11

偏見を我の力にせよ 〜Manners Makyth Man ハリー杉山の紳士たれ 第7回

英国王エドワード1世の末裔にして、父親はニューヨーク・タイムズ誌の東京支局長として活躍した敏腕ジャーナリスト。日本で生まれ、11歳で渡英すると、英国皇太子御用達のプレップスクールから、英国最古のパブリックスクールに進学、名門ロンドン大学に進む。帰国後は、4ヶ国語を操る語学力を活かし、投資銀行やコンサル会社で働いた経験を持つ。現在は、活動の場を芸能界に置き、タレントとしてラジオDJやMC、情報番組のプレゼンターなど、さまざまな分野で活躍するハリー杉山。順風満帆な人生を送ってきたように感じるが、その人生は、情熱たぎる彼の、抜きん出た努力なしでは実現しなかった。英国の超エリート社会でもまれた日々、そして日本の芸能界でもまれる日々に、感じること――。

差別を受ける側に立ったとき、どうするか?

先月、日本のスポーツ界が歴史的快挙を成し遂げた。テニスの大坂なおみ選手が全米オープンを制覇。時には200km/hを超える弾丸サーブに加え、あの決勝の異様な空気の中、冷静さを保ち、栄光を掴んだ。間違った審判団へのブーイングの嵐が起きる中、"皆セリーナを応援していたのに、こういう結末になってしまって本当にごめんなさい"と前代未聞の謝罪を述べた優勝インタビューに、世界は泣いた。大会後には約10億円の契約がアディダスと結ばれたと報じられ、これはアディダスが女性アスリートと結んだ最高金額と言われている。スーパースターが生まれたのだ。

この快挙を我々日本人は喜んだ。一方、ハイチ人の父を持ち、3歳から米国に移住した大坂選手を同じ日本人として認識してよいのか? 本当にこの勝利を同じ国民として素直に喜んでよいのか? と言う議論も上がった。窮屈で柔軟性に欠ける日本社会ならではの考え方である。そもそも彼女が日本人なのかどうか決める権利は我々にはない。彼女が帰国後の記者会見で言った通りに"私は私"。彼女のアイデンティティを決められるのは彼女以外誰もいない。

そしてスターの誕生を喜ぶ日本のメディアに異を唱える人々もいた。

<大坂なおみさんのことを日本人だ、日本人の誇りだ、って言う人達本当に気持ち悪いごめんな。こういう都合いい時だけハーフを日本人扱いすんなやん。普段は差別しまくっとるやんけ(略)>

この意見をある程度理解する事もできる。自分もイギリス人の父を持ち、本名にカタカナが溢れる事から幼稚園で外国人扱いされ、仲間外れにされた記憶は鮮明に覚えている。名前のせいで就職差別され、外見によって職務質問を日常的に受ける話はよく聞く。色眼鏡で見てきたのに、手のひらを返す人々にフラストレーションを感じる理由はわかるが、現実的に欧米のように国際化し、"人種の坩堝"と言える街が日本に生まれるのは数十年先であろう。

社会が変わらなければ、集団意識も変わらない。"多様性"を受け入れる姿勢は少しずつメディアを通して浸透しているが、個性が世の中にある限り、"差別"も必ず存在し、この2つは共存する。問題提議するのも大切だが、差別と偏見を経験した時、どう対応するべきか? 仲間を見つけ、お互い共感し、慰め合うのか? 歯を食いしばって、何もなかったように飲み込むのか? なんて世の中は理不尽なのかと自分に言い聞かせ、ジムのパンチバッグに向けて拳を振り下ろすのか?

人それぞれ対処法は違う。

自分の場合は差別であろうと、偏見であろうと、正面から向き合おうとする。固定概念を崩して相手を説得できれば勝ち。そのプロセスには楽しみもあれば、笑いも生まれる時もある。そのために必要なのは、寄り添うことだ。相手の目となり、耳となり、偏見の本質を理解すれば、自分自身の成長に繋がることもある。これは人種差別、男女差別、年齢差別、どんな差別に対しても使えるアプローチだ。

ロンドン時代、当時11歳だった自分は一般公開されていたグラウンドでリフティングをしていた時、集団に石を投げられた事がある。

「F…ing go back to your country !!! (国に帰れ!!!)」

石が投げられた方向を見ると全員アフリカ系の、同い年ぐらいの子供達が暴言と石の雨を交互に浴びせてきた。全速力で逃げた。悲しかった。そして混乱した。当時イギリスに住み始めたばかりで、父側の家族を通してしかイギリスを知らなかった自分は、イギリス人は皆白人であり、有色人種は勝手に移民だと思っていた。なのでイギリス人ではない人々から石を投げられ、国を出て行けと言われても今ひとつ腑に落ちなかった。そもそも何故石を投げられたのか? 地元のパン屋さんにこの話をすると彼は僕の服を指摘した。

ロンドンにて。着ているのは、学校の制服。

「恵まれた環境に生まれていない子供たちの遊び場で、名門私立の制服を着て1人でボール蹴るなんてあんた馬鹿ねぇ〜、そうなるわよ。あなたが何人なのかが問題ではなく、よい学校に行ってる事を見せびらかせてるように見えちゃうのよ〜」

後日、全身3本線のジャージ姿にボロボロの白スニーカー、金に染められたプラスチックのネックレスに付けピアス。完コピの不良スタイルに母は絶句した。サッカーボールを肩に抱えてグラウンドに戻ってみた。石の雨を浴びさせた彼らはその場にいた。彼らは私に無反応だった。もはや忘れたのか。片隅で壁に向けてボールを蹴っていた僕に、先日は鬼のような形相を向けた少年がフラットな表情で聞いてくる。

「oi, Jackie Chan, com`on then !(そこのジャッキー・チェン、やる?)」

恐る恐る僕は彼らと合流した。なんのためらいもなく彼らは僕を受け入れた。何故だ? 服がこんな違いをもたらすのか? 逆にイギリスの階級社会が抱える課題を痛感し、彼らが抱えるコンプレックスの本質も鮮明に見えた。ガーナ、トリニダード・トバゴ、モロッコ、トルコ、メキシコ… 人種や宗教関係なく、一つのボールを無我夢中に皆で追う。激しいタックルに激情しパンチが空を切っても、終わった後は不思議なことに事は沈静化する。社会の壁を越えるサッカーの力を感じつつ、僕は初対面の経験を心の奥に隠した。そして"ジャッキー"と言う別人にもなった。

そこから2年が経ち、すっかり不良少年たちと自分は友達になっていた。ロンドンを離れる自分は彼らに初対面の事を明かした。彼らは笑った。

「気がついてたよ。ヒル・ハウスの生徒だって事も知っている。名前も勝手に付けたジャッキーじゃなくてハリーだろ? ジャージのラベルに丁寧に母さんが刺繍してるじゃないか。だけど俺たちが着る服を自分なりのBling (ヒッポ・ホップスターが身を飾るジュエリー)とあわせて着て、こんな馬鹿できるぼっちゃんを見て笑うしかなかったんだ」

この瞬間に吹いた、温もりと笑いが乗った風を僕は忘れられない。差別の裏には必ず何かしらのコンプレックスが存在する。そのコンプレックスに上手く寄り添う事ができれば解決法は見えてくるだろう。寄り添うようにアプローチができなければもう実力で見せるしかない。偏見と差別を力に己を磨く。

最終的に人間は人間。同じ土俵に立ち、知性と人柄と自分にしかない個性を持てば必ず先は見えてくる。

"私は私"この言葉の力を日々の原動力にしてみるのはどうだろうか。

Manners Makyth Manについて
礼儀が紳士をつくる――僕が英国で5年間通学した男子全寮制のパブリックスクール、ウィンチェスター・カレッジの教訓だ。真の紳士か否かは、家柄や身なりによって決まるのではなく、礼節を身につけようとするその気概や、努力によって決まる、という意味が込められている(ちなみに、Makythは、Make を昔のスペルで表記したものだ)。人生は生まれや、育ちで決まるわけではない、と。濃い人生を送れるかどうかは、自分自身にかかっているのだ。

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