Passionable(常熱体質)とは、Passionとableを組み合わせた造語。仕事や遊びなど、あらゆることに対して常に情熱・熱狂を保ち続けられる=”常熱体質”である。この連載では、中野信子が常熱的な歴史上の人物を脳科学の視点から解説する。第10回は自分の好きなものは他人も好きに違いないと思いこみ、周囲に自分の好物である鮭を贈りまくったげく、死後間もなく家が改易されてしまった最上義光について。
Key person:最上義光
同じ釜の飯を食べた仲という言葉がありますが、人間関係の強化に食事が有効なのは、オキシトシンの作用だという説があります。別名「愛情ホルモン」。皮膚と皮膚の接触によって分泌が促進され、人を幸せな気分にさせることがわかっています。握手もハグも、つまりオキシトシンの分泌を促して仲間意識や愛着を形成する行為なわけです。
解剖学的には皮膚も消化管も同じ上皮細胞。食物が喉を通るときも皮膚接触と同様にオキシトシンが分泌される……というのはまだ仮説ですが、かなりありそうな話です。早い話がビジネス上の立て前のような会議を何回も繰り返すより、ひと晩一緒に飲んだ方が遙かに早く話が進むのも、この愛情ホルモンの作用なのかもしれません。
抜け目の無い戦国武将が、食べ物のそういう効果を見逃すはずはありません。彼らは戦をするのと同じくらい真剣に、接待や贈答に取り組みました。一回の接待のために、新しく道を普請したり、橋を架けたりすることもありました。もてなしの失敗が、場合によっては戦に発展することもあったわけですからそれも当然でしょう。本能寺の変の引き金は、安土城に家康を招いた信長が、饗応役を命じた明智光秀の落ち度に腹を立てたことだという説もあるくらいです。
ちなみに不快な刺激ではオキシトシンが分泌されません。下手をするとストレスホルモンであるコルチゾールが分泌されてしまいます。これは食べ物でも同じことが言えそうです。当たり前の話ですが、美味しいかどうか、相手を満足させたかどうかが問題なのです。
最上義光という戦国大名がいました。伊達政宗の伯父で、山形藩の藩祖です。鮭が大好物で『鮭様』という渾名までありました。なぜならば、周囲に鮭を贈りまくったから。家康にまで贈ったという話もあります。自分が好きなものは、他の人も好きに違いないという思いこみです。
義光の死後間もなく最上家は改易され、大名家としての地位を失います。もちろん鮭のせいとは言いませんが、一事が万事という諺もあります。今も昔も、接待は生存をかけた情報戦といえるでしょう。
中野信子
脳科学者。1975年東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所にて博士研究員として勤務後、帰国。現在は、東日本国際大学特任教授。脳や心理学をテーマに、研究や執筆を精力的に行う。著書に『サイコパス』、『脳内麻薬』など。『シャーデンフロイデ』(幻冬舎新書)が好評発売中。新刊『戦国武将の精神分析』(宝島社)が話題になっている。