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2018.09.05

おもてなし考 〜Manners Makyth Man ハリー杉山の紳士たれ 第6回

英国王エドワード1世の末裔にして、父親はニューヨーク・タイムズ誌の東京支局長として活躍した敏腕ジャーナリスト。日本で生まれ、11歳で渡英すると、英国皇太子御用達のプレップスクールから、英国最古のパブリックスクールに進学、名門ロンドン大学に進む。帰国後は、4ヶ国語を操る語学力を活かし、投資銀行やコンサル会社で働いた経験を持つ。現在は、活動の場を芸能界に置き、タレントとしてラジオDJやMC、情報番組のプレゼンターなど、さまざまな分野で活躍するハリー杉山。順風満帆な人生を送ってきたように感じるが、その人生は、情熱たぎる彼の、抜きん出た努力なしでは実現しなかった。英国の超エリート社会でもまれた日々、そして日本の芸能界でもまれる日々に、感じること――。

日本は本当におもてなしの国なのか?

息苦しく蒸し暑い8月のとある日。コンクリートジャングルを彷徨いながら、頭の芯から腹の裏まで沁みた熱に、私は敗北を認めた。朝から何も与えてなかった身体が赤い警報を鳴らす。「エネルギー!! 塩分!! 水分!! 早く!!」 スマホを取り出し、コンビニを探す。しかし油を塗ったように汗で光るスマホは、先ほどまで見ていたグループ魂のコント「中村屋」の画面から動かない。「中村屋!! 富ヶ谷!! サイゼリヤ!! カイヤ! カイヤ! 」普段はゲラゲラ笑うはずだが、今日は無理。駅に向かう人の流れを追って、どうにかコンビニと出会えるよう願いながら歩いた。

10分ほど歩いて、発見した。まさに都会のオアシス。しかし冷凍庫のように冷え切った店内に5分いれば、クーラー病を発症し自動的にお腹を壊してしまう。スポーツドリンクとおにぎりを手にとりレジへ。すると長蛇の列ができていた。先頭を見ると、中年で店主と思える方がブツブツとレジ打ちの女性に引きつった顔で何かを指摘していた。

レジ打ちの方は日本人ではなかった。胸元のプラカードには習いたてのカタカナが書いてあり、名前は読めなかった。南アジア出身の方なのだろうか? 茶色い肌を太陽の光が直射し、明らかに苦しそうだった。手は微かに震えていた。

店内に店主の声が響く。

「お釣りを返すのは左手! なんでわからないのかな――どこでそんな事覚えてきたんだい! 日本はおもてなしの国! いい加減覚えなさい! 」

私は耳を疑った。

罵倒される度に彼女はうなずくだけ。左手でお釣りを渡そうとしても地面にこぼれる。店内に響く小銭の切ない音。呆れる店主。叫ぶ店主。暗鬱な空気が充満し、この光景を見てるだけで胸を引き裂かれそうになった。お客さんも何も言わない。見て見ぬふりで去っていく。萎縮していた彼女の深く茶色い目は恐怖を訴えていた。

店主におもてなしの定義を説明してほしくなった。少なくとも我々日本人がオリンピック・パラリンピックの招致で歌いあげた"おもてなし"とは違う。異国から日本に夢を持って、人生をかけてやってきた人に対しての最低限の常識を破壊し、同じ日本人の顔に泥を塗るような悪事だ。同じ人間として見てない証拠。決して許されるべきではない。

そもそも"おもてなし"の定義とは何か? いかにお客さんやゲストが気持ちよくその場を過ごせるようにする為のさりげない、柔軟性のある優しさだと私は思う。それは外国人観光客に対してだけではなく、我々の心に染み込んでいる"文化"であり、自然と日常の中で誰に対しても姿を表すマナーのはずだ。固定概念にとらわれず、多様性を受け入れ、何よりも理解力が必須だ。もはや日本だけの文化ではなく、世界各国それぞれの色の"ホスピタリティ"と言うおもてなしがある。

では今回のコンビニの出来事に戻ろう。店主は左手を使うなと言った。いつから左手でお釣りを渡すのがタブーなのか? 右利きが多いから右利きに合わせて右手で渡すのがマナー? ナンセンス。ではもし女性の店員が本当に南アジア出身だった場合、"不浄の手"である左手を使って人にお釣りを渡す抵抗は理解できる。ヒンドゥー教では右手でご飯を食べ、左手で排泄の処理をする習慣もある。これは事実だ。「郷に入れば郷に従え」と言う言葉があるが、郷を理解出来てないのであればこっちから寄り添う必要性がある。それも"おもてなし"ではないのだろうか?

逆に先日、素晴らしい"おもてなし"を受けた。渋谷の公園通りに店を構える牛タンチェーン店「ねぎし」 。私が行った時には半分の店員が外国人だった。白い歯をキラリと見せながら店内をリズミカルに効率よく動く彼ら。日本人の店員達とも冗談を言い合い、絶妙なコンビネーションと声がけはカーリングを彷彿させた。なんだか楽しそうだ。

その様子に微笑んで見とれていた時、私は箸を落としてしまった。店内に微かに響く箸の音がおさまる前に、店員の方が新しい箸と共に顔から自分の視界に飛び込んできた。なんと言う瞬発力。これぞヘッドスライディングではなくヘッドダイビング。将軍様への献上品のように、彼は新しい箸を僕に渡した。笑うしかなかった。

「ねぎし」にて。"ヘッドダイバー"のアニスルさんと。

接客スタイルとお店の雰囲気に魅了された自分はヘッドダイバーの方に話を聞いてみた。バングラデッシュから来たアニスルさん。メガネの奥から微笑む瞳が心を表すように輝いてる。時間通り現れる電車と文化に魅了され、来日して14年。彼の機敏な動きを見ても、そこには絶妙な気遣いがあり、お客さんが求める空気を出さない限り、個人のスペースを尊重していた。その視界はウサギのように360度近く、この柔らかさには見習える所が確かにあった。外国の方からおもてなしの定義を教えてもらった時間だった。

アニスルさんのようになるには長年の熟練が必要だ。ただ我々も日々意識し、具体化できる場は多々ある。まずは人を理解する所から始めてほしい。固定概念と社会常識に縛られて欲しくない。強制的なおもてなしであればあるほど表面的に映り、悟られてしまう。自然と相手の心に穏やかな風を吹かす事が出来れば、自然と己の人生も花が咲くであろう。

憔悴したレジ打ちの女性の頬に憂鬱の影が漂う。それでも彼女はレジスタのキーボードを叩き、左手でお釣りを渡す。暗い顔には微かに張りを感じる。店主は溜め息をつき、悪びれる様子もなく、奥のスタッフルームへ消えていった。

Manners Makyth Manについて
礼儀が紳士をつくる――僕が英国で5年間通学した男子全寮制のパブリックスクール、ウィンチェスター・カレッジの教訓だ。真の紳士か否かは、家柄や身なりによって決まるのではなく、礼節を身につけようとするその気概や、努力によって決まる、という意味が込められている(ちなみに、Makythは、Make を昔のスペルで表記したものだ)。人生は生まれや、育ちで決まるわけではない、と。濃い人生を送れるかどうかは、自分自身にかかっているのだ。

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