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2018.05.30

別れの季節 ~Manners Makyth Man ハリー杉山の紳士たれ 第3回

英国王エドワード1世の末裔にして、父親はニューヨーク・タイムズ誌の東京支局長として活躍した敏腕ジャーナリスト。日本で生まれ、11歳で渡英すると、英国皇太子御用達のプレップスクール(※1)から、英国最古のパブリックスクールに進学、名門ロンドン大学に進む。帰国後は、4ヶ国語を操る語学力を活かし、投資銀行やコンサル会社で働いた経験を持つ。現在は、活動の場を芸能界に置き、タレントとしてラジオDJやMC、情報番組のプレゼンターなど、さまざまな分野で活躍するハリー杉山。順風満帆な人生を送ってきたように感じるが、その人生は、情熱たぎる彼の、抜きん出た努力なしでは実現しなかった。英国の超エリート社会でもまれた日々、そして日本の芸能界でもまれる日々に、感じること――。

”別れの季節” に思うこと

5月。初夏の風が清々しい、風薫る季節。目の奥まで射し込んでくる白い光は街を照らす。アスファルトの照り返しから逃げようと、自分はよく公園で走っている。風には遠くから響く無数のボンゴの音、酒を楽しむ笑い声、大量に焼かれている肉の香りが乗り、どこへ行こうと活気と生命力を感じる。ただ僕にとって5月と言う季節はまた違う意味を持つ季節である。僕にとっては“別れの季節”である。

先日、父の長年の仲間であり、ファイナンシャル・タイムズの東京支局長であった チャールズ・スミスさんの訃報を知った。チェロをこよなく愛したチャールズさんの葬儀にはチェロの音色が流れ、チャールズさんが僕に弾き方を教えてくれたバッハの無伴奏チェロ組曲を聴きながら僕と母は別れを告げた。日本に恋し、日本の事を真摯に生涯伝え続けたチャールズさん。一度話し始めたら止まらなかった、情熱に溢れる父の戦友がまた一人、眠りについた。

その前の週にはウィンチェスター・カレッジで僕に遊びを教えてくれた相棒の訃報が飛び込んできた。トム。学園祭のファッション・ショーを共にディレクションした彼は学校のスターだった。ジェームズ・ディーンのようなリーゼントに流れる金髪のハイライト。ウィットに富んだ豪快なトーク。タバコを隠し持って膨らんでいた左胸の内ポケット。授業に向かう時も常にビートボックスしながら最新の音楽のトレンドを教えてくれて、初めてパプに行ってお酒を飲んだのも彼とだった。僕の青春の憧れの人だった。

そして最愛の祖母も旅立ったのは5月だった。戦後、一人で母を育てた彼女は我が家の大黒柱。僕の学校への送り迎えも祖母がしてくれた。僕の剣道の防具が詰まった胴着袋を背負い、いくら自分が持とうとしても断固拒否。”私はいいから、稽古に専念しなさい”と何度言われたか。嫌な顔一つせず、常に人の為に身を犠牲にしたスーパーウーマンだった。

2012年5月に旅立った祖母との1枚。亡くなる2年前の10月18日、彼女の誕生日にて。

死はいつ、どのような形で訪れるかわからない。毎日一歩ずつ我々は最初の呼吸をした瞬間から、死へと向かう。そう思うとこの人生を無駄にしたくはない。何が出来るのか? 何を伝えるのか? 何を変えられるのか? なんとなく仕事をして、自分にとって居心地の良い環境に身を置いて、時代の流れに身を任せたら何も残らないのは明確だ。そう、自分は“死”を身近に感じるようになった。

昔、学生の時、父にどんな死生観を持っているのか聞いた事がある。彼は特に明言せず、モンテーニュを読みなさいと言った。モンテーニュは16世紀のフランスの哲学者であり、彼の人間の生き方の研究は “エセー” として今でも読まれている。第1巻第20章のタイトルは ”哲学を極めることは死ぬことを学ぶ事“ 。当時16世紀のヨーロッパはカトリックとプロテスタントの紛争が日々勃発し、モンテーニュはそれを嫌っていた。死を語る時にも宗教、信仰の話は出てこない。死を恐れずに、生きる事を最大限に楽しみ、いつか死を自然と受け入れられるよう精神を鍛える事が、哲学の目的と言う思いを僕は感じた。しかし、当時10代だった僕にとって”死“と言う存在はあまりにも遠く、父も自分も、永遠に死を迎えず、なんとなく生きていくと思っていた。

2003年夏、ウィンチェスターカレッジの学生だった頃に主催した、ファッションショーの会場にて。右から3番目の赤いTシャツがトム、中央が僕。

年月が流れ、また父にモンテーニュの話を僕はしたい。病と闘うと共に、年を重ねた彼の体の機能は少しずつ失われ、調子が良い日と悪い日に明確に分かれる。補聴器を使っても耳は遠く、ペンと紙で僕はコミュニケーションを取るのだが、一行を理解するのに数分かかる時もある。全身の筋肉は膠着し、車椅子から彼の体を解放させるには日々のマッサージとリハビリが命綱だ。全身を緩めた後、立たせる。しかし重心は定まらない。このまま歩いては転倒するのみ。ハムストリングを重点的に伸ばし、また挑戦する。重心がちゃんと乗って、たとえゆっくりでも足が進む瞬間。これが今、我が家にとって至福の瞬間だ。

ただ不思議な事に、いろんな自由を奪われても悲壮感は全く父から感じられない。施設からの帰り際、もしかしてこれが最後かもしれないと怖がる自分をあざ笑うかのように、大きな緑の目はつりあがり、暖かい笑顔が生まれる。言葉などいらない。そこには確かな生命力、死を恐れない哲学、そして”紳士“を感じる。モンテーニュのおかげなのか、父は人生を一生懸命楽しんできた男だ。知られざる東洋の人々の素顔を世界に半世紀にわたって伝えて、世界の偏見を壊し、心を動かしてきた。決して器用な人ではなくても、その情熱は必ず伝わり、彼は愛されてきた。その思いを自分は受け継いで、日々歩みたい。人の心を動かしたい。

もちろん生あれば死あり。しかし肉体的な死を迎えても、永遠に生きている人もいる。その人が忘れられるまで、本当に死んだのではないと思う。いつか父も母も、自分の大切な人々、そして自分にもその日が来る。その日を”紳士“に迎え入れるために、今日と言う日を最大限に楽しもうではないか。

ーManners Makyth Manについてー
礼儀が紳士をつくる。これは、僕が英国で5年間通学した男子全寮制のパブリックスクール、Winchester College(ウィンチェスター・カレッジ)の教訓だ。真の紳士か否かは、家柄や身なりによって決まるのではなく、礼節を身につけようとするその気概や、努力によって決まる、という意味が込められている(ちなみに、Makythは、Make を昔のスペルで表記したものだ)。日本で育ち、11歳から英国で暮らし始めた自分にとって、上流社会に身を置いてきた級友たちとの青春は、まったくもって逆境からのスタートだった。そんなアウェイな状況を打破した経験から、僕は思う。人生は生まれや、育ちで決まるわけではない、と。濃い人生を送れるかどうかは、自分自身にかかっている。この連載を通して、その奥義を、僕の実体験を踏まえて、できる限り語っていきたい。

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