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2022.12.09

なぜニセコはグローバルなリゾートになれたのか

ニセコの中心地、HIRAFU(比羅夫)はコロナ前、日本人よりも外国人が多かったという。およそ20年前まではどこにでもあるような地方の街だったニセコが、どのようにして国内外にその名を轟かせるようになったのか? 【特集 絶頂スキーリゾート】

ニセコの過去、現在、未来

外国人主導で発展! ニセコがグローバルなリゾートになれた理由

北海道の倶知安(くっちゃん)町とニセコ町にまたがるニセコと呼ばれるエリアは、外国人主導で発展してきた日本でも稀有なリゾート地。1989年に初めて来日し、’92年からニセコに定住するロス・フィンドレー氏は、昔ながらのスキー場のひとつにすぎなかったニセコが世界的なスキーリゾートへと変貌を遂げる過程を内側から見てきたオーストラリア人だ。自らも事業を起こして地域を盛り上げ、オーストラリアをはじめとする海外に魅力を発信。外国人旅行客を増やしてきた、いわば今のニセコ人気を醸成してきた立役者のひとりでもある。

今でこそニセコには4つ星、5つ星の高級ホテルがあるが、フィンドレー氏が住み始めた1990年代前半は、日本のバブル崩壊の影響で観光客が減り、ペンションの倒産も増え、地元の人たちはみな頭を抱えていたという。

「当時のニセコの観光業は年に100日程度しか稼働できない冬場のスキー場頼みで、ボクは夏場にも人を呼ぶことが地元にとって必要だと考えました。そこで自ら会社を立ち上げて、尻別川でのラフティング事業をスタートしたんです」

するとそれが功を奏して夏場の観光客が増加。そして、2000年代に突入すると、ニセコは海外からスキーリゾートとして俄然注目を集めるようになる。きっかけは2001年のアメリカ同時多発テロ事件だった。

「9.11によって世界情勢が不安定になると、一部のオーストラリア人が欧米のスキー場を避け、ニセコに足を運ぶようになったんです。最初はおよそ200人。当時は日本でスキーができることさえ海外ではほとんど認知されていませんでしたが、実際にスキーをした彼らはパウダースノーと評される雪質の素晴らしさに感動した。帰国後にその体験を地元のパブで自慢気に話すと、噂が口コミで広がって翌シーズンには1000人以上がニセコにやってきたんです」

その後もオーストラリア人旅行者の数は年を追うごとに増えけた。すると、ここで問題となったのが宿泊施設だ。日本人とは違い、彼らは休暇が長く、平均で10日間ほどニセコに滞在する。その際、当時主流だったペンションでは他の宿泊客に気を遣うし、ビジネスホテルは海外のリゾートホテルに比べて部屋が狭く、サービスなどのクオリティも彼らにとって満足のいくものではなかった。

そんななか、あるオーストラリア人がその状況を商機と捉えた。ニセコにコンドミニアムがあれば、絶対に多くの外国人が利用すると確信したのだ。

「彼は安い土地を購入し、2階建て4部屋の小さなコンドミニアムを販売。すると、図面を書く前に全室が完売したんです」

これを機にニセコの不動産市場が盛り上がり始める。2003年のことだった。

「それに続けとばかりにオーストラリア人が次々とニセコで不動産事業を始めました。彼らが建てたのがホテルではなく、コンドミニアムだったことは街にとっても都合がよかった。部屋には生活に必要な家電や設備は揃っていますが、ホテルのようにレストランやルームサービスはありません。宿泊者は必然的に周辺の飲食店やスーパーを利用することになります。これによって地元の経済が潤うため、街に外国人の観光客や労働者が増えても問題なく受け入れられたのです」

世界的な高級ホテルの進出ラッシュが続く

現在ではコンドミニアム型宿泊施設の数は倶知安町だけで300棟を超える。そして、香港やシンガポールなどのアジアからの投資が増え、コロナ前はニセコの街は外国人で溢れるようになった。さらに、ここ数年はパーク ハイアットやリッツ・カールトンをはじめ、海外のラグジュアリーホテルも進出し、今後はアマンの開業も予定されている。高級リゾート地として名実ともに確固たる地位を固めつつあるが、この先はどのような街へと成長していくのか。

「今のニセコは海外資本の影響もあり、新しくできる施設やサービスのレベルが高く、富裕層に向けたマーケットに向かっています。ただ、正直、地元にあまり還元されていません。どちらかというと現在のことばかりで、将来の長期的なビジョンが見えていない気がします。それがはっきりすれば、投資の方向性も明確になり、リゾートとしての街の価値もさらに上げられるはず。来年まで儲かればいいのではなく、20年後も多くの観光客が訪れる継続的で健康的な街づくりをしなければなりません。

私はニセコの街全体が通年で楽しめるリゾートにならないと意味がないと思っています。北米最大級のスキーリゾートとして知られるカナダのウィスラーのように、夏も冬も人を呼べるリゾートプランニングができれば、国内外から季節ごとに仕事でやってくる人たちが定住するようになり、交流人口だけでなく、人口自体も増えます。その結果、新しい学校や病院ができるなど公共施設も充実し、より豊かな街になるはずです」

予定では2027年には高速道路が完成してニセコICができ、2030年には北海道新幹線が開通して倶知安駅もできる。交通インフラが整い、世界中からさらに多くの人が訪れるようになった時、ニセコの風景はどう変わるのか? グローバルなリゾート、街づくりの先例として注目したい。

Ross Findlay
1964年オーストラリア生まれ。’89年に初めて来日し、その後、スキーのインストラクターに従事。’92年からニセコ在住。’94年にNACを設立し、代表としてラフティングやボルダリング、スキー、スノーシューなどの体験型アドベンチャーを一年を通して提供している。

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TEXT=石川博也

PHOTOGRAPH=太田隆生

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