脳科学者・西剛志氏が200以上の幼稚園や教育の現場に携わるなかで見えてきた大事なものが、非認知能力の6つの力。普段の生活に取り入れるだけで、知らないうちに子どもの非認知能力がグングン育つ習慣について、西氏に聞いた。『脳科学的に正しい! 子どもの非認知能力を育てる17の習慣』(あさ出版)の一部を抜粋して紹介します。【その他の記事はこちら】
「抱っこぉ~ 」は痛みを学ぶチャンス?
子どもが生きる力を学ぶチャンスは、日々の暮らしの中にあふれています。抱っこの機会もそんな場面のひとつ。赤ちゃんがぐずったり、小さなお子さんから屈託のない笑顔で「抱っこぉ〜」とお願いされたりすると、すぐに応じることが愛情表現で、親の役目だと思われるかもしれません。しかし、お子さんの非認知能力を上げるためには、そうとも限らないのです。
大前提として、抱っこ自体は決して悪いことではありません。子どもにとって親に甘えることはひじょうに大事ですし、親が愛情を持って接することで子どもの不安も取り除いてくれます。ブリティッシュ・コロンビア大学が2017年に発表した研究では、抱っこなどで親が接する機会が多かった赤ちゃんほど、体の免疫と代謝に関する遺伝子に明らかな変化が見られ、良好な発達につながることがわかっています(*1)。
問題は、抱きしめるタイミングです。 さまざまな研究では、少しだけ間を置いてから抱きしめるほうがよいとされています。
動物園では、サル山で親ザルに甘えっぱなしの子ザルをよく見かけます。 そんなサルの親子を観察したある実験があります。その実験ではずっと親に抱っこされて育った子ザルと、1週間に1時間、親と離されて育った子ザルを比較し、それぞれどのくらいストレスに対処できるかが調べられました。
結果は、ずっと甘やかされていた子ザルほどストレスに弱く、親と離れる時間があった子ザルほどストレスにうまく対処できたというものでした。 しかも、定期的に親と離されて育った子ザルは前頭前野の機能が高まっていたそうです(*2)。前頭前野は、感情や行動の抑制を司る部位でもあるので、セルフコントロール力が高まったことが予想されます。
同じような結果は、マウスを用いた実験でも見られます(*3)。この実験では、親から 15分間引き離された子どものほうが、まったく引き離されていない子どもよりもストレスに強くなりまし た。ただし、引き離す時間があまりに長くてもダメなようで、3時間引き離したケースではストレスに対処できなくなりました。
こうした研究結果から考えると、たっぷりの愛情の中にも少しの厳しさを持つことが、子どもの健全な発達には大切と言えます。 抱っこを待たせる時間はほんの 10 秒や15 秒で十分です。最初はもっと短い時間から試してみて、だんだんと時間を延ばしていくといいでしょう。
もちろん個人差もありますので、様子を見ながら「お子さんが待てる時間」を最優先の目安にしてください。 お子さんが少し大きくなると、歩き疲れたり、遊び疲れたりして、自宅への帰り道などで抱っこをせがまれるケースも増えてくるかもしれません。そんなときは時間を距離に置き換えてみるのもおすすめです。
「あの信号までたどり着いたら、抱っこしようね」のように伝えると、抱っこするまでの時間を待つことになるため、その間にセルフコントロール力も鍛えられます。これは、私もよく実践していたことです。目標を作ることで意欲のトレーニングになりますし、待つことで喜びが 一層大きくなるため、笑顔も増え、主観的幸福度も高まります。
和を乱す子がいるクラスはセルフコントロール力が高い!?
お子さんが生まれてはじめて接する小さな社会と言えるのが、公園などの遊び場です。みなさんの多くが経験済みかと思いますが、社会の縮図かと思うぐらいにいろんなタイプの子どもがいます。なかにはルールを守れない子もいますし、それに対する親の反応もさまざまです。 子どもを気にせずにおしゃべりに夢中な方やスマホを見てばかりの方もいれば、必要以上に大きな声で叱りつける方もいます。
場合によっては「ここで遊ばせて大丈夫かな?」と不安になることもありますが、子どもにとっては、それもまたいい経験です。 ルールを守れない子と遭遇することでいろんな子がいることを実感できますし、「ああいうことは危ないからやっちゃいけないよ」などと遊び方を教えるいい機会にもなります。
はじめて親と離れて過ごす場となる幼稚園や保育園でも、同じことが言えます。私は仕事の一環で幼稚園児のセルフコントロール力を調べているのですが、同じ幼稚園でもクラスごとに結果が違ったりします。
「どうして結果が違うのだろう?」と調べてみてわかったことのひとつが、 クラスに感情的で和を乱す子がいるかどうかでした。意外かもしれませんが、和を乱す子がいるクラスのほうがセルフコントロール力が高い傾向がありました。嫌がらせしたり、叩いたりといった子どもの行動そのものはもちろんいけないことです。しかし、周りの子たちは毎日一緒に過ごす中で、そうした状況に対処する力が身に ついていくんですね。
子どもが成長するにつれて、接する社会はどんどん広がり、さまざまな人と出会うことになります。当たり前ですが、すべての人が良識を持っているとは限りません。 小さな頃から温室でぬくぬくと育つよりは、少しは経験を積んでいたほうが、ストレス耐性がついて、大人になってからも対処しやすくなります。
私たちの体は、予防接種でワクチンを打ったり、ウイルスに感染したりすると免疫ができて、 強くなっていきます。心も同じです。これは、心理的免疫とも言います(*4)。 免疫をつけるには、強烈な痛みを伴うほどの厳しさは必要ありません。抱っこをすぐしないなど、ほんの少しの痛みで十分です。
ご家庭の内外で小さな困難を乗り越えるたびに免疫がつき、セルフコントロール力やレジリ エンスがどんどん育っていきます。我が子が困っているときにすぐ手を貸せないことは少々歯がゆいかもしれませんが、心の免疫がつかないまま大きくなってしまうと、ちょっとしたトラブルですぐに会社を辞めるような大人になる可能性もあります。 もしかすると、子ども以上に、私たち親の我慢する力が問われているのかもしれませんね。

脳科学者(工学博士)、分子生物学者。武蔵野学院大学スペシャルアカデミックフェロー。T&Rセルフイメージデザイン代表取締役。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。2002年に博士号を取得後、特許庁を経て、2008年にうまくいく人とそうでない人の違いを研究する会社を設立。子育てからビジネス、スポーツまで世界的に成功している人たちの脳科学的なノウハウや、大人から子供まで才能を引き出す方法を提供するサービスを展開し、企業から教育者、高齢者、主婦など含めて3万人以上に講演会を提供。『世界仰天ニュース』『モーニングショー』『カズレーザーと学ぶ。』などをはじめメディア出演も多数。TBS Podcast「脳科学、脳LIFE」レギュラー。著書に20万部のベストセラーとなった『増量版 80歳でも脳が老化しない人がやっていること』、『1万人の才能を引き出してきた脳科学者が教える 「やりたいこと」の見つけ方』など海外を含めて累計42万部突破。最新刊『結局、どうしたら伝わるのか? 脳科学が導き出した本当に伝わるコツ』も好評発売中。
<参考文献>
(*1) Moore S.R. et. al., “Epigenetic correlates of neonatal contact in humans.” Dev. Psychopathol. 2017 29(5) p.1517-1538
(*2) Suomi S.J. “Risk, resilience, and gene x environment interactions in rhesus monkeys.” Annu. N.Y.Acad. Sci., 2006 Dec;1094:p.52-62.
(*3) Zhang TY, Meaney MJ. Epigenetics and the environmental regulation of the genome and its function. Annu Rev Psychol. 2010;61:439-66
(*4) Jayawickreme E, et. al. opportunities, and recommendations. J Pers. 2021 Feb;89 (1):145-165