ナイキ、アシックス、アディダス、プーマ、ニューバランス。超レッドオーシャンのスニーカー市場において、ここ数年よく見かけるようになったのがスイスのOn(オン)。今、アメリカでも大ヒット中。それを日本で広めたキーパーソンが、元Onジャパン代表の駒田博紀だ。後進ブランドであるOnが大躍進を遂げている秘密とは? 『なぜ、Onを履くと心にポッと火が灯るのか?』(幻冬舎)より、一部を抜粋して紹介する。【その他の記事はコチラ】
超レッドオーシャンに、いきなり広がった雲
奇跡的だ、と言われたことがあります。ありえない、と言われたこともあります。確かにそうかもしれません。
ナイキ、アディダス、アシックス、ニューバランス……。世界的な超有名ブランドがひしめくのが、ランニングマーケットです。ビジネスの用語でいえば、まさに超レッドオーシャン市場。こんなところに今さら進出するブランドはいない。誰もがそう思っていたのではないかと思います。
しかし、ここで日本に進出してわずか10年のブランドが、自分たち自身でも驚くほどの成長を遂げることができたのです。いきなり広がった雲のように。
そのブランドは今では、「世界で最も成長率の高いスポーツブランド」と呼ばれています。
それが、On(オン)です。スイスで2010年に元プロアスリート、元コンサルタントたちがスタートさせたスポーツブランドです。
Onのシューズを履いている人が、自分以外に履いている人を見つけると、つい声をかけたくなる。そんな話をよく聞きます。訪問した取引先の人が履いていて、「実は、私も……」などと意気投合してしまった、という話も耳にします。
履いている人がみんな楽しそうにしている。履いている人がみんな笑っている。履いている人がみんな幸せに見える。そんなふうにOnを表現してくれる人もいます。ありがたいことです。
なぜOnは、わずか10年でここまで成長できたのか?
僕は2012年末、日本に入ってきたOnの、正規品の1足目のサンプルを手にした人間です。当時、日本で輸入総代理店をしていた商社に勤務しており、ある日突然、Onの担当を命じられました。
目の前にポンと置かれたサンプル。「5年でメジャーブランドにせよ」という上司の言葉。唖然としたのを覚えています。ランニングマーケットを少しでも知っていれば、それがいかに無謀なことかは誰の目にも明らかでした。
しかも、驚くべきことに、マーケティング予算は年間400万円しかありませんでした。もはや絶望的な状況です。
しかし、これが結果的に功を奏したのかもしれません。お金が使えないからこそ、誰もやらなかったやり方で、僕はOnを日本に展開していくことになったからです。僕は自ら、苦手だったランニングの世界に飛び込み、トライアスロンにも、アイアンマンレースにも挑みました。
そんな個人的な挑戦は、関わってくださる方々の共感を少しずつ得ていったようです。Onを好きになってくださる方々のコミュニティが拡大していき、それがOnのブランドイメージと相まって、驚くほどの成果を生んだのでした。
後にOnFriends(オンフレンズ)と呼ばれるようになったOnのファンがコミュニティの起点となり、その方々がOnを広めてくださったのです。これは後に、On独自のコミュニティマーケティングと言われるようになります。
Onは2015年に日本法人を横浜に設立、僕はこのOnジャパンで日本の「現場監督」を務めてきました。
どう考えてもうまくいくはずがない……。誰もがそう思う状況で、僕がそんな絶望的とも思える挑戦を引き受けることにしたのには、理由がありました。当時35歳だった僕もまた、個人的に絶望的な状況にあったからです。
大学在学中から司法試験に挑戦していた僕は、司法浪人を経て結局、その道を断念しました。失意のままに、なんとか見つけた就職先からも逃げ出しました。転職先でようやく少しだけうまくいき始めたら、今度は調子に乗って傲慢になり、上司から疎まれ……。
プライベートもどん底でした。当時の妻とうまくいっておらず、家に帰るのが極度のストレスになっていました。そして、僕は家族を失うことになります。
振り返れば、逃げ続けた人生でした。司法試験からも、就職からも、人付き合いからも……。しかし、物事から逃げれば、それは必ずや違う形をとって襲いかかってくる。僕が逃げてきた物事全てが一気に襲いかかってきたのが、まさにOnを任されたタイミングだったのです。
だから、もう逃げるわけにはいきませんでした。ここで逃げたら、僕の人生は終わってしまう。そう直感しました。僕は、全てをOnに懸けることにしたのです。
Onとは、何なのか。なぜOnは、わずか10年でこれほどの支持を得るに至ったのか。取材などで、そう問われるようになりました。そこで、書くことを勧められたのが本書です。
Onは僕の人生を変えてくれました。Onを語ることは、すなわち僕個人を語ることでもあります。しかし、単に個人の物語ではないとも思っています。Onが僕の人生を変えてくれたのと同じように、Onが、あるいは何かが人生を変えてくれた人もきっといると信じているからです。
この本を書くことで、もしかしたらそんな誰かのお役に立てるのかもしれないと思いました。
Onと僕のストーリーを、知っていただけたら幸いです。
駒田博紀