商品やサービスの誕生の過程で企業が得たインサイトに基づき、Z世代を動かすキーワードやヒントについて考察するシリーズ「若者生態研究所」。今回のテーマは「人中」「中顔面」。
なりたい顔づくりの必須条件が「人中」「中顔面」の細工
マスクをつけて生活することが普通となって久しいが、「マスクを外した状態で対面した時と、想像していた顔が違う……」という体験をしたことはないだろうか? 実際、脳内で想像していた顔のほうが実物より良いというギャップを表す「マスク詐欺」「マスクギャップ」なる言葉も生まれている。マンダムが2022年3月に自社で行ったWEB調査でも、約8割が「マスクを外した他人を見た時、ギャップを感じたことがある」と回答しているという。
マスク詐欺を解消するテクニックとして、Z世代をはじめとする若者層に広まっているのが「人中(じんちゅう)」「中顔面(ちゅうがんめん)」など、顔の部分を細分化し、ポイントごとに濃淡やきらめきを加えるメイクテクニックだ。「人中」とは、鼻と唇の上の間の部分、「中顔面」とは、目の下から顎までの間の頬の部分を指し、いずれもマスクを着用すると隠れる部分。一見、鍼灸の人体図のツボの名前のようにも思えるが、このいかつめのキーワードが、今、若年層で広く認知されている。
マスクで「人中」「中顔面」が隠れることで、相手が脳内で想像していた顔よりも、実際の顔の方が“長い”という印象を与え、ギャップが生じてしまう。この長さを解消することは、マスク詐欺対策だけでなく、顔のコンプレックス解消テクニックにもつながるため、「人中」「中顔面」のポイントを押さえたメイクをすることは、若い女性たちのなりたい顔づくりの必須条件となっているのだ。
今、女性たちの支持を集めているインフルエンサーの「鹿の間」さんは、2022年8月に投稿した動画「【整形級】プチプラ縛りで面長専用中顔面短縮メイク【垢抜け】」で、やや面長寄りと自己分析する自身の顔を短く見せるためのメイクテクニックを紹介。この動画はおよそ1カ月で97万回再生されている(2022年9月現在)。
自己分析をし、コンプレックスに向き合う
コロナ禍以前の2017年前後には、「コントゥアリング」というシェーディングやハイライトで顔の陰影を強調し、小顔や高い鼻をつくるメイクテクニックが人気だった。コントゥアリングが陰影で顔全体の印象を変えるのに対し、今、若い世代で支持されているのが自分の顔のポイントごとに細工を施すメイクで、そのポイントとなるのが「人中」や「中顔面」。そして、それを施すかどうかは、自分の顔に合わせて取捨選択していく。
背景には、人それぞれ顔立ちや似合うものが違うという認識の広まりが大きい。何言ってんだ、当たり前だろうと思われるかもしれないが、実はこの感覚、日本ではわりと最近のものなのだ。バブル期、女性がこぞって青系のピンクの口紅を使う「イブ・サンローランの19番」現象があった。当時は、まだイブ・サンローランのコスメの直営店舗は日本にはなく、海外旅行のお土産や並行輸入店でしか手に入らない時代。指名買いで、自分が似合うかどうかはともかく、特定のブランドの流行っている色を多くの女性が使っていた。
若者世代のメイクに対する姿勢は非常に真面目だ。なりたい顔になるために、自分の顔がイエローベース(イエベ)かブルーベース(ブルべ)かをパーソナルカラー診断で分類し、似合うと推奨されるカラートーンのものを選んで購入。最近は自己分析の傾向はさらに進み、似合うファッションをカテゴライズする骨格診断なるものまで登場。いかに自分を知り、自分に合ったものを手にするかが「垢ぬけ」への近道だと認知されている。
コスメトレンドはボーダーレスに!
若い世代というと韓国トレンドの影響が大きく報じられるが、実際のところは鹿の間さんが中国インフルエンサーのメイクを可愛いと評し、「チャイボーグ」という中国風のメイクを紹介してバズった例もあるように、ボーダーレスになっている。こちらも先と同じマンダムのWEB調査だが、若者世代は美容情報の収集先として海外も注視しており、韓国・中国が6割超え、それ以外の地域もチェックしている。
マンダムが2022年春に発売したリップメイク「CYQ CUPID LIP」の開発には、同社の中国、インドネシアなどの多国籍のメンバーも参加。「加工とリアルのギャップ」「マスクギャップ」を解消する、 日本のみならずアジアのZ世代が欲しいと思う商品の開発を目指した。マスク詐欺は英語では「maskfishing」と言い、マスク姿とのギャップは世界共通の悩みとなっているのだ。
「CYQ CUPID LIP」は、これを使うだけで思い通りのデザインにメイクできるという「パーツデザインコスメ」がコンセプト。唇に塗るだけで人中短縮を実現するアイテムになっている。リップのチップ部分を大きくし、唇の山を大きくふっくらと描くことで人中短縮が簡単にできるというもので、マスクを着用しても落ちにくというのもポイントだ。
SNSを使って情報を広く収集しながらも、取り入れるのは“自分軸”。自分を探究し、理想とする自分をメイクで表現する。あくまでも自分に合うかどうかを考えながら、きちんと学び、分析したうえで商品の購入行動へと進んでいくのが、現代の若者世代と言えるのではないだろうか。
Yuko Kitamoto
大阪府生まれ。IT系出版社に勤務後、「女性にもITをもっとわかりやすく伝えたい!」とIT系編集・ライターとして独立したはずが、生来の好奇心の強さとフットワークの軽さから気が付けばトレンドライターとして幅広いジャンルを取材・執筆。人をより幸せにしたいと開発された商品やサービスに込められた思いを広く伝えるべく、日々駆け回っている。