いわゆる若者世代に向けた商品でも、実際は40代以上にも売れているということは珍しくない。その理由は、若者にとって刺さるものは、それ以外の世代にとっても目新しさがあること。また、商品やサービスを手にするまでの思考経路は違っても、それを通じて解決したい根底にある悩みは同じことも多いからだ。シリーズ「若者生態研究所」では、そんな商品やサービスの誕生の過程で企業が得たインサイトに基づき、Z世代を動かすキーワードやヒントについて考察していく。第1回目に取り上げるキーワードは「垢ぬけ(あか-ぬけ)」。
“垢抜け”は褒め言葉の代表格
昭和の時代から長く使われてきた言葉であるにも関わらず、いま、ファッション誌、コスメ誌の表紙の頻出ワードとなっている「垢ぬけ(あか-ぬけ)」。
本来の用途は、例えば、海外留学から帰ってきた姪っ子に対して「一気に垢ぬけたね!」と言う。それまでの姿が”垢にまみれていた”というと言葉は強いが、田舎くささがなくなり、容姿の面でのブラッシュアップを褒める。いわば、他者に対する評価を伝えるようなニュアンスがあった。ただ、これは目上の人に使うにはちょっと失礼であるというのが、一般的なマナーだろう。
しかし、その意味が大きく変化しているのが、若者世代にとっての「垢ぬけ」だ。雑誌の表紙では新しいスタイルへの転換をすすめる見出しに使われ、インスタグラムでは自分のメイクの工夫を紹介する投稿にハッシュタグでつける。「可愛くなる」「きれいになる」の意味で、他者ではなく、自分が「垢ぬけ」したことをポジティブな言葉として発信しているのだ。
ギャツビーやルシードなどのコスメブランドを有するマンダムでは、この春夏の新商品発表会のキーワードを「カラフルで垢ぬける―彩色顕美―」としたのも、この傾向からだ。
マンダムでは商品開発において、ターゲット層への直接のインタビューなど、自社独自のインサイト調査を通じてユーザーニーズをつかんでいるが、そのなかで2022年のキーワードとして掲げたのが「垢ぬけ」だった。
「〇〇さんって、 最近すごく垢ぬけたよねー! (昔はあんなにイモくさかったのに…ww)」と、従来の垢ぬけは、他人の変化に対する、ちょっと上から目線の「評価」 を表す言葉だった。しかし、マンダムのインサイト調査によると、Z世代の「垢ぬけ」は自発的に使う言葉へと変わっているという。「こんなだった私、今、こんな風になったよ!! 」と自分の変化に対する、素直でポジティブな気持ちの「表現」 へと垢ぬけの意味が変化しているのだ。
Z世代に「黒歴史」は存在しない
まず、デジタルネイティブのZ世代にとって、なりたい自分が簡単に可視化できるのは当たり前だ。加工アプリを使えば自分の肌を美白にしたり、目を大きくするのも簡単にシミュレーションできる。憧れのインフルエンサーの姿は、雑誌のように限られた数ではなく、SNSなどを通じて複数の写真や動画であらゆる角度から、デートスタイルから睡眠前のプライベートの姿まで覗くことができる。
そして、若者世代のなかでもとりわけZ世代にとっては、「黒歴史」という概念が存在しない。カメラ付き携帯が日本で登場したのは、2000年。デジタルカメラよりも毎日持ち歩くツールで写真を撮れるようになったことで、写真を撮る行為がぐっと身近になった。物心ついたときには、携帯電話についたカメラで写真を撮られることは日常だったはずだ。
とりわけ写真で表現するSNSであるインスタグラムは2010年にリリースされ、2014年に日本語版が登場。いまのZ世代にとっては携帯電話を持ち始めた頃にはインスタグラムがあり、そこに共有された写真は当人が削除しない限り残り続けている。彼ら・彼女らが携帯電話を持ったのが受験対策で塾に行くのに持たされた中学生の頃と仮定した場合、高校や大学での生活もすべてそこに晒されている。
それ以前の世代にあった「高校デビュー」「大学デビュー」という過去のリセットボタンはなく、自分の容姿の変化はすべてつながっているのだ。そして何より大きいのが、自分がその過程で変化する=垢ぬけていくことは、黒歴史ではないということ。
「前の体重が68キロで全然モテなかったけれど、こういうことをやって今の“垢ぬけた”自分になれました」
その過程をも公開し、コンテンツ化する。垢ぬけた過程も、自分の工夫や努力の結果で、あえて晒す。そしてそれを晒した人ほど、共感され、支持を得られる。
「垢ぬけ」を自分発信で使うことは、ポジティブな行動の表れなのだ。若者世代から「垢ぬけましたね!」と満面の笑みで言われても、「ああ、褒めてくれているんだな」と翻訳し、くれぐれもブチ切れることのなきよう。
Yuko Kitamoto
大阪生まれ。IT系出版社に勤務後、「女性にもITをもっとわかりやすく伝えたい!」とIT系編集・ライターとして独立したはずが、生来の好奇心の強さとフットワークの軽さから気が付けばトレンドライターとして幅広いジャンルを取材・執筆。人をより幸せにしたいと開発された商品やサービスに込められた思いを広く伝えるべく、日々駆け回っている。