お金のトレーニングスタジオ「ABCash」を運営し、新刊『未来のお金の稼ぎ方』を出版した起業家、児玉隆洋氏が「未来のお金」についてさまざまな分野の賢人たちに問う対談シリーズ。対話から見える、お金、経営、事業で成長するために持つべき視点とは──。戦略PRの第一人者、本田事務所代表取締役の本田哲也氏との対談・後編。
なぜ大企業ではなくベンチャーなのか?
SNSが発達し、個が力を持つ今、PRは企業やブランドだけに必要なものではなくなった。未来のお金を増やすために、誰もが持つべきPRスキルとは何か。世界で最も影響力のあるPRプロフェッショナル300人に選出されたPR専門家の本田哲也氏に、金融教育ベンチャーの若手起業家が深堀りする。
児玉 私が運営するお金のトレーニングスタジオ「ABCash」のコーチは20代、30代の若手です。かつては金融といえば、銀行や証券会社に就職するのが人気コースでしたが、最近は「個をエンパワメントする側になりたい」と、そうした大手金融機関からキャリアチェンジしてくる人も増えてきました。
本田 かつては金融業界に就職するのはエリートでカッコよかった。それは初任給がいいとか、金融商品を売って稼げるとか、お金がステイタスだったから。ですが今はモノからコト、パーパスが重要視される時代になりました。お金ももちろん大事だけれど、それだけではモチベーションにはならなくて、「誰かのために」が大切になってきています。僕は、私は、世の中にどう貢献できるのかと。それが満たされることが仕事の上でも重要な価値になってきたんですよね。
児玉 たしかに、社内を見ても稼げるだけ稼いで高級車に乗って……というライフスタイルを目指している社員は少なく、金融教育によってどういう世界を作りたいのかということを考えていますね。
本田 Z世代はそういう傾向が強いですね。以前は一部の意識が高い人に限られていましたが、今はもう少し広がっている。いい大学を出て、大企業に勤めたというような、いわゆるコンサバな子たちも、「これでいいんだっけ」と部署移動を願い出たり、転職したり。
児玉 昔は大企業に就職できなかった人がベンチャーにくるというルートでしたが、今は最初からあえてベンチャーを選ぶ人も多いです。学生もそうだし、親ももうベンチャーなんてやめなさいとは言わなくなってきているようです。
本田 今の親世代は、たとえばサイバーエージェントのように、ベンチャーが大企業になる例をいくつも見てきていますから、価値観は変わってきていますよね。しかも、ここ3年ぐらいで加速したと思います。理由はやはりコロナ。人が遮断され、みんなが一度立ち止まって考えた。その結果、自分の価値観と会社のパーパスがちゃんと合致するところで働きたいという流れが強くなったのではないでしょうか。
児玉 我々はビジョンとして、「世界に誇れるかっこいい会社を作る」を掲げ、そのために、「お金の不安に終止符を打つ」というミッションを持っています。パーパスはビジョンやミッションと具体的に何が違うのでしょうか。
本田 パーパスは企業の社会的存在意義。ビジョンはどちらかというと、自分達がどこに行きたいかを明文化しているものですよね。パーパスは世の中のためにどう貢献できるかなんです。ABCashの「世界に誇れる……」はビジョンですが、「お金の不安に終止符を打つ」はパーパスに近いですね。
児玉 なるほど。たしかに採用において、我々のミッションに共感したという声は増えました。今後はよりパーパスを意識してPRしていかないといけないですね。
パーパスの浸透は作るプロセスと「耳タコ」にかかっている
本田 先日、某企業の社長からこんな話を聞きました。「新人と面談をしたら、真顔で“なぜ毎年売上を伸ばさないといけないのですか”と聞かれ、言葉に詰まったよ」と。昔は、利益を伸ばすことに誰も疑問を呈さなかった。利益目標のために頑張れよと上がいえば、ハイ! で終わったのに、今は利益を上げることに意味が求められる。
児玉 今の20代は、失われた時代に育った世代。利益も収入も右肩上がりで成長していく感覚を持っていないことも大きいでしょうね。
本田 だからこそ、パーパスが必要なんです。自分達の利益を追求することで、世の中も成長していくのだと腹落ちすると、モチベーションを上げられる。そして、地球や社会に貢献しながらビジネスをするというのは、欧米ではもう正論になりつつあり、株主もそういう視点で企業を評価しています。日本でもその流れを受け、多くの企業が急速にパーパスを策定してきていますね。
児玉 自分は会社のビジョンやミッションを、毎朝必ず見てから仕事にとりかかるようにしています。そうしないと、目先の利益に振り回されて目指すべき方向を間違えそうになるので。パーパスも、それを浸透させ、発信につなげていくのはまた別の大変さがあるのではないでしょうか。
本田 そのためには面倒だし、時間も手間もかかりますが、パーパスは全社員が関わって作ることが大事だと思います。コンサルタントや代理店に丸投げしたり、役員だけで決めたりすれば楽ですが、それでは「自分ごと」にならない。パーパスは企業にとって今や最も重要といえる柱であり、社員が一丸となって取り組むべきものです。上層部が決めた言葉と、自分達が少しでも関わって決めた言葉とでは、重みはまるで違いますから。
児玉 自分もミッションを遂行するための仕事のスローガンは、社員全員で決めるようにしています。「自走自考」「凡事徹底」など、やっぱり自分たちで決めた言葉には血が通い、上っ面になりにくい。
本田 日本を代表する超大手企業も、1年かけて数千人クラスの社員と社長が一緒になってパーパスを作っていました。たとえ自分の案が採用されなくても、自分が関わることで思い入れは深くなりますし、外部にも話したくなる。それこそ、良質なPRですよね。
児玉 自分は起業して4年目ですが、ミッションもビジョンも、社員に耳にタコができるほど言い続けています。たぶん社員は「もう聞き飽きた」と思っているでしょうがやめません(笑)。
本田 気が狂うぐらい、毎回言ってちょうどいいと思いますよ。頭の回転が速くてせっかちな人は、「この前言ったから」と伝えることをはしょりがちです。でも、大事なことは1回、2回伝えるだけではダメで、100回、200回繰り返さなくちゃいけない。相手を馬鹿にしているわけではなく、そういうものなんですよね。私が好きな話に、本田技研の創業者である本田宗一郎氏のこんな話があります。「大きなタンカーは急には曲がれない。曲がろうと舵を切っても、曲がるまでに数キロ進んでしまう。右へいけ、右へいけ、右へいけと何度も言ってやっと曲がり始める」と。企業の規模が小さいうちは、方向を変えることはたやすいですが、大きくなってくると難しい。だから、経営者はしつこく言い続ける必要があるんです。
Tetsuya Honda
PRストラテジスト/本田事務所代表。「世界で最も影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWEEK誌によって選出されたPR専門家。世界最大規模のPR会社フライシュマンヒラード日本法人を経て、2006年にブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の企業との実績多数。著書に「戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、「ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力」(東洋経済新報社)など。
Takahiro Kodama
ABCash Technologies代表取締役社長。2007年、サイバーエージェントに新卒入社し、AmebaBlog事業部長、AbemaTV局長などを歴任。2018年、日本の金融教育の遅れ・お金の情報の非対称性に大きな課題を感じ、ABCash Technologiesを設立。累計受講者数2万人を超える、お金のトレーニングスタジオ「ABCash」を運営する。趣味はサーフィン。