お金のトレーニングスタジオ「ABCash」を運営し、新刊『未来のお金の稼ぎ方』を出版した起業家、児玉隆洋氏が「未来のお金」についてさまざまな分野の賢人たちに問う対談シリーズ。対話から見える、お金、経営、事業で成長するために持つべき視点とは──。戦略PRの第一人者、本田事務所代表取締役の本田哲也氏との対談・前編。
背伸びしないで等身大
SNSが発達し、個が力を持つ今、PRは企業やブランドだけに必要なものではなくなった。未来のお金を増やすために、誰もが持つべきPRスキルとは何か。世界で最も影響力のあるPRプロフェッショナル300人に選出されたPR専門家の本田哲也氏に、金融教育ベンチャーの若手起業家が深堀りする。
児玉 金融教育を行なっていて、今の若い人はSNSでも「#PR」がついているかを先にチェックするなど、情報の質に敏感だと感じます。金融教育もようやく、「必要なもの」として認識されるようになりましたが、まだまだ「何か買わされるのではないか」と警戒されることも多く、PRは難しいです。発信する側は、特にどんな部分に気を付けるといいのでしょうか。
本田 たしかにSNSが伸びたこの10年で、情報に対する生活者の目はかなり肥えました。ではPRを全部否定しているかというとそうではなく、質を見極めています。特に若い世代は、いまいちなものをカッコつけて売ろうとしている情報に対しては、とても敏感です。あまりにも売らんかなという情報は避け、自分でニュートラルなところに行く力をつけているので、行動も変わりました。ここは認識すべきだと思いますね。
児玉 「その人が本当にいいと思って発信している情報か」をよく見ているから、発信する側も嘘をつけなくなったと私も強く感じているところです。ただカッコいい言葉を並べたり、見栄えのいいクリエイティブを作ったりすれば売れる時代ではなくなったということですね。
本田 私も企業にいろいろアドバイスしますが、「等身大がいい」ということはよく言います。背伸びして実体とかけ離れたクリエイティブになってしまうと、結局がっかりされて離れていってしまう。もちろん、洗練する必要はありますが、背伸びしすぎないことが大事ですね。
児玉 たしかに。ABCashは初心者向けのお金のトレーニングスタジオなので、広告クリエイティブはカジュアルに徹しました。私自身、「お金は難しい」というイメージがあったので、アンバサダーのローラさんにブタの貯金箱を持っていただくなど、より身近な感じにしたのです。
本田 無理なことを言っていないのがいいと思います。金融のPRというと、すぐ1000万円貯まりますとか、1年で資産が倍とか、そういうのが多いですが、蓋をあけたらあれ? となるのはダサいですから。
児玉 本田さんは、PRには物語が大事だとよくおっしゃいますが、たとえばABCashの物語ってなんでしょうか?
本田 児玉さんはサイバーエージェント出身で、元々金融のプロじゃない。最初にお会いしたときも、どちらかといえば金融というよりサーファーという印象でした(笑)。だけどお話をうかがったら、自分自身がお金のことで不安になって、そこから金融教育の必要性を感じたと。こういう最初の小さいお話こそが、実は大事で。そこからその企業のナラティブが生まれるんです。
児玉 それこそ背伸びしないで、等身大で見せたほうがいいと。
本田 結局、人を動かすのはカッコつけた言葉じゃないんです。創業者のパーソナルな部分や苦労の影にある小さなお話こそ、「わかるなぁ、その気持ち」と受け手が共感できるんですよ。
PRと自己アピールは違う
児玉 では質のいいPRをしていくためには具体的に何を意識すればいいのでしょうか。これだけSNSが発達した今、発信するスキルは個人にも求められていると思います。企業も個人も、未来を豊かにできるPRのスキルを教えてください。
本田 まず、そもそもPRは誤解されているんですよ。PRはPROMOTION、売り込むことと思われている。そうではなく、PUBLIC RELATIONの略で、自分や企業を世の中でどう位置づけるのかということ。今はパーパス、何のためにこの会社があるのかという目的が求められ、自分達の目標だけを声高に伝えても周囲は白けてしまいます。ただ俺様トークをしても痛い人になってしまう点には、まず気を付けたいですね。
児玉 PRは自己アピールではないということですね。
本田 そうです。我々は「見立て」と呼んでいるのですが、PRの質を上げるには、「こんなにいい商品やサービスを作りましたよ」という自己アピールから離れ、それが世の中にとってどう意味があるのか、客観視する力が必要です。たとえばABCashが新しいサービスを立ち上げ、リリースを出したいとしますよね。でもそれはABCashの都合であって、世の中にとっては関係がない。そこで1回立ち止まって、たとえば、金融教育の授業が高校で必須化されたこととからめながら、見せ方としていちばんいい角度を探してみる。するとそのPRはぐっとレベルアップします。そういう力が大切なんです。
児玉 たしかに、それがないとズレた発信になりかねないですね。職場でも同じことがいえるような気がします。自分がやりたいことを提案するのはいいけれど、会社が向かいたい方向と合致しているのかどうか。たとえばABCashなら、「金融商品は売らない」という経営方針なのに、金融商品の提案をされても困る。世の中や経営層の考えをちゃんとキャッチしてアジャストできる人が、仕事もお金も引き寄せるでしょうね。
本田 まさにレレバンシーですね。
児玉 レレバンシーとは?
本田 レレバンシーとは「関連性」という意味で、その情報は、こういう意味でこの情報に関連していると言えればレレバント。関係なければノットレレバントと、いかにレレバントな情報を集められるかが非常に大事なんです。レレバンシーが高いとすごくいい企画を出せたり、炎上リスクを事前に防ぐことができ、とても仕事ができる人になります。
児玉 なるほど。単に博識ではだめで、ちゃんとつなげて考える力ということですね。ではレレバンシーを高めるにはどうしたらいいのでしょうか。
本田 まずニュースをちゃんと見ることです。意識は高いけれど、自分が興味のある情報しか見ていない人はけっこう多い。それでは視野が狭まり、情報も偏ってしまう。たとえばアマゾンで自分が欲しい本だけ買うのではなくて、大型書店に行ってどういう本が今話題で売れているのかを見ることが大切。それが客観情報になります。
児玉 自分が興味のある領域だけ見ていると、「見立て」が効かず、痛い発信になりかねないわけですね。
本田 まさに、客観情報が足りていないPRはとても多くて、特に大企業ほどSNSで自分達のブランドがどう言及されているかしか見ていなかったりします。それでは今の時代は不十分で、もっと広く見ないとダメ。自分達が置かれている領域で、どんなことが起きているか。広く知っていれば、うかつな発信で炎上するリスクは避けられます。外部に委託してでもやったほうがいいと思いますね。
児玉 とはいえ、情報がこれだけ溢れていると追いかけるだけでも大変です。
本田 領域と範囲を決めるといいです。企業なら自分達のブランドが置かれているカテゴリーや業界。それから、たとえばジェンダー・イクオリティに関係性があるものなら、その分野のイシューはチェックする。個人なら、自分が行きたい業界や興味のある分野にしぼって集めるといいでしょう。週に1回は、それら客観情報を見て自分の中にためて、その上でどう発信するか考えると、質の高いPRになっていくと思います。
後編に続く(10月28日公開予定)