自宅やオフィスを訪問し、商品を販売するのが百貨店の外商だ。なかでも全国トップクラスの売り上げを誇るのが松坂屋名古屋店。そのエリート外商員が明かす経営者の買い物とは。
経営者は買い物にも厳しくいっさいの妥協も許しません
2024年2月期を最終年度にした中期経営計画で、売上高に占める外商のシェアを現在の4割から5割に拡大すると発表したのが、松坂屋名古屋店だ。
ご存知のとおり、愛知県は日本最大の時価総額を誇るトヨタ自動車のお膝元であり、下請けをはじめとする関連会社の経営者も多い。その中心地である名古屋には数多くの富裕層に支えられた外商文化が深く根づいている。
1611年(慶長16年)にこの地に創業した呉服小間物問屋に端を発する松坂屋名古屋店は、その中核を担う存在として、世代を超えて地元の多くの顧客から愛されてきた。この世界に類を見ない歴史を持つ老舗百貨店に在籍する約130人の外商担当者のなかで、トップ級の活躍を見せるスーパー外商員が畠中晶規氏だ。
基本的に外商の顧客になれるのは、安定した収入があり、社会的に信用を有する人など、いくつかの項目で総合的に判断される。「お客様(外商)会員」というネームバリューで、社会的信用が得られるといっても過言ではない。なかには年間で億単位の買い物をする人もいる。
そのような人たちを相手にする松坂屋の外商の仕事は、大きく分けてふたつある。ひとつはフルアテンドと呼ばれる、客の元を頻繁に訪れて信頼関係を築きながら商品を提案・販売する仕事。もうひとつはロイヤルアテンドと呼ばれる、SNSやメール、電話によるPR活動によって来店を促す仕事。畠中氏はキャリアのほとんどで前者のフルアテンドを担当。現在はおよそ200人の上顧客を抱えている。仕事での信念は〝モノを売るより人を売れ〞だ。
「大丸松坂屋百貨店の経営理念でもある〝先義後利(せんぎこうり) 〞を実践しています。お客様に尽くすことで、満足し喜んでいただければ、商談はあとからついてきます。例えば、ご年配のお客様の畑仕事をお手伝いすることで、息子のように可愛がっていただき、宝飾品を買っていただいたこともあります。最近はお客様とLINEでやりとりすることも多くなり、以前より親密な関係を築きやすくなったと感じますね」
外商が主に扱う商材は、時計、宝飾品、旅行、インテリアなど。外商の顧客向けに企画された宝飾品の展示会と、国内外の旅行やプレミアムな食事会がセットになったプランなども存在する。通常では立ち入ることのできない海外の古城を貸し切って宿泊し、現地の展示会で特別な品を購入できるなど、プライスレスな体験も松坂屋ならではだ。また、最近はコロナ禍のため、密を避けてヘリコプターや専用のハイヤーを使った国内旅行プランが人気を集めているという。
長年にわたり、数多くの富裕層と接してきた畠中氏が、経営者の買い物の特徴として感じるのは、決して妥協を許さないことだ。
「基本的に商品のことをよく勉強されていて、欲しいものが明確な方がほとんどです。例えば、ご希望の商品がすでに廃番になっていて、こちらでどんなに手を尽くしても用意できなかった場合、現行商品の中からそれに近いものをご提案するのですが、それを購入されることはまずありません。特に男性の社長様はそれが顕著です。いっさい妥協はされません」
また、最近の30代から40代の経営者は買い物に対する考え方が冷静で、現代アートや宝飾品などは資産価値を踏まえて購入する傾向にあるという。
そして、こうした顧客たちと信頼関係を築くため、畠中氏は誕生日や結婚記念日に贈り物をするなど、普段から気遣いを忘れない。
「弊社の外商は、一定の年数が経つと担当する顧客様が刷新されます。どんなに尽くし、信頼されていても次の担当者に引き継ぐタイミングがやってくるのです。そこで重要になるのが、顧客様のあらゆるデータが管理されたメモ。担当者しか見ることができないもので、顧客様の好みや誕生日、お孫さんのお名前などが徹底管理、継承されています。このメモのおかげで新しく担当になった顧客様にも、すぐに細やかなおもてなしができるのです」
こうした社内のチームワークもあり、現在、松坂屋名古屋店の外商は、百貨店全体のなかでも大きな割合を占める売り上げを計上。この成果はいわば、経営者をはじめとする富裕層を満足させた証なのである。
Akinori Hatanaka
1969年生まれ。松坂屋名古屋店アウトセールスエキスパート。外商員として計20年のキャリアを誇るだけでなく、マネジメント経験も豊富。多角的な視点で外商の仕事に邁進する。現在の担当エリアは、愛知県春日井市と岐阜県の東濃エリア。