2020年秋。筆者・サントス小林とGOETHE編集部は、武豊騎手と馬主・松島正昭氏による凱旋門賞壮行会の席に偶然同席した。その際に、文豪ゲーテの人生訓と、その名を冠した雑誌のコンセプトに共感した松島オーナーが、ディープインパクト産駒(牡馬)の馬名を「ゲーテ号」とその場で命名!
雑誌と同じ名前の競走馬の成長をGOETHE取材班が追いかける連載「走れ! ゲーテ号」WEB版の第5回は、ゲーテ号が暮らす社台ファームの環境と競走馬の値段について。連載第4回『社台ファームで暮らすゲーテ号は優等生なお坊ちゃん!?』
慣れ親しむ環境と馬の育成
社台ファームで育成を担当する長浜氏いわく、ゲーテ号は人間で言うところの「お坊ちゃん」な雰囲気らしく、お父さん、お母さんの血筋通り、優等生と評される。
筆者:「ホントにすみません。僕、全然違いとか品が分からないんですけど(笑)」
長浜氏:「人間と同じですよ(笑)。難しく考えちゃダメです」
妄想ではあるが、例えば音楽一家で、目のつく場所に様々な楽器が置いてあれば、自然に音楽に興味を持つといった具合いだろうか。
長浜氏:「そうです! あと、どこで育ったかは大人になった時に、人間社会でも違いますよね?」
なるほど。同じ人間でも別々の環境で育ったとしたら、20歳になった時に得意、不得意も違ってくることは、なんとなく納得できる。
筆者:「社台ファームって、"環境"なんですね。同じ目的をもった仲間(仔馬)がたくさんいて、将来に向けて切磋琢磨する」
長浜氏:「分かってきましたね(笑)」
どっちが"良い悪い"の話ではなく、育成牧場における違いって何だろう? と、素朴に思っていたが、少し理解できた。クラスメートであり、学校であり、学区であり、と人間の子供を育てる環境と同じ話。良い環境で、良い仲間と一緒に毎日過ごした方が、将来に対して「可能性」が高まる、と言った話である。
人間社会と同じで、親御さんの考え方で子供の環境が整備されていくのと同じ。それぞれの馬との相性も確かにあるが、馬主の考え方で、将来の可能性が高まることを鑑みて育成牧場に預けるのである。
運動後の採血の意味
前号で、ゲーテ号が直線1,000mの坂路を駆け上がる調教をこなしている、とレポートした。坂を登った頂上から常歩で戻ってきて、すぐにゲーテ号は獣医師の元へ当たり前のように向かっていった。
筆者:「あれは何をしているんですか?」
長浜氏:「採血です」
筆者:「えっ? 血を抜いてるんですか、何のために?」
長浜氏:「ゲーテ君だけじゃなくて、ウチの馬は全馬、運動した後に血液採取し、乳酸値を調べたりして、化学的な見地から馬の疲労度や、その日の運動負荷がどうだったのか? を調べています」
筆者:「毎日ですか?」
長浜氏:「運動をしたら必ず実施します。例えば、乳酸値が高かったら、その日、その調教がオーバーワークだったのかもしれませんし、日によって同じメニューをこなしても数値は変わりますから、その変化をデータ管理して、午後の過ごし方も変わってきますし、カイバ(ご飯)も変わってきます」
詳しい方は周知の事実なのかも知れないが、筆者は驚き! しかなかった。ここまでサイエンティフィックに、かつ柔軟に厳格に管理されているなんて……。
長浜氏:「獣医師が常駐していますから、騎乗していつもと違う感じや、熱がこもっている感じなど、些細なことでも疑問があれば、すぐに対処出来る環境ではありますね」
筆者:「もうここまで来ると、病院完備のエリート寄宿舎という感じですね(笑)」
他の育成牧場の全てを見て回った訳ではないので、ここ社台ファームの「環境レベル」を推し量るのは難しいが、この日この目で見たものが、社台グループの、社台グループたる所以だった。まぎれもなく最上級レベルの育成環境であることは間違いない。
知ってますか? 馬って風邪ひくんですよ(笑)
社台ファームを訪れた日は、幸いも快晴で暖かった。だがふと疑問に思ったことを聞いてみた。
筆者:「あの、馬も、人間と同じだとしたら、風邪とかひくんですか?」
長浜氏:「ハイ(笑)。風邪ひきますよ! 鼻水も垂らせば、熱も出ますしね」
筆者:「へっ~(笑)、じゃあ、馬の風邪薬もあったりするんですか?」
長浜氏:「もちろん! 獣医師が適切に対処しますから」
そもそも、馬の値段って?
その後も次々と疑問がわいてきた。デビュー前の競走馬を育てている第一線のプロになかなか取材できることはない。このチャンスを逃すまいと、率直に競走馬の「値段」についても聞いてみた。
筆者:「馬の値段って、どうやって決まるんですか(笑)」
長浜氏:「もう、それは種牡馬の種付け料です。種付け料は公になっており、そこに母馬の値段がプラスされます。もちろん、生まれてから売却されるまでの、飼育料(餌代や人件費など)が、セリ市の場合、オークションのスタート金額に乗せられています」
筆者:「じゃあ、ゲーテ号は、ディープの4,000万円にお母さんの値段、管理費など入れて……(笑)」
長浜氏:「ゲーテ君は庭先(取引)なので、私も本当に知らないんです(笑)。松島オーナーと(社台ファーム・吉田)照哉社長との関係性で、2人しか知らないんじゃないですかね」
ちなみに、前年のプラスヴァンドーム2018(牡)のお父さんはキングカメハメハで、種付け料は1,000万円。その馬が社台レースホースで7,000万円で募集されていた。ということは……、ゲーテ号の値段は、億は下らないと勝手に想像しておこう。
長浜氏:「例えば数百万の種付け料の馬がお父さんで、生まれた仔が、どれだけフォルムがよくても、1億円になるか、って言われるとならないですよね。生産者は1円でも高く売りたいし、オーナーは1円でも安く買いたい」
市場原理と言ってしまえばそれまでだが、過去に成績が出ているお父さん、お母さんの子供は、当然だが人気が高く、セリも高額化する。過去に、セレクトセールで6億3,000万円で落札された例もあり「高額馬=走る」との法則はないが、それは確率論であり、可能性の高さに馬主は夢投資をする。
恐るべし……。馬主社会を垣間見た気がした。
<次号>
『基礎テストはすべて1発パス!ゲーテ号が父から継いだ偉大なる血とは』に続く
連載第4回『社台ファームで暮らすゲーテ号は優等生なお坊ちゃん!?』
Santos Kobayashi
1972年生まれ。アスリートメディアクリエイション代表。大学卒業後、ゴルフ雑誌『ALBA』の編集記者になり『GOLF TODAY』を経て独立。その後、スポーツジャーナリストとして活動し、ゴルフ系週刊誌、月刊誌、スポーツ新聞などに連載・書籍の執筆活動をしながら、映像メディアは、TV朝日の全米OP、全英OPなど海外中継メインに携わる。現在は、スポーツ案件のスタートアッププロデューサー・プランナーをメイン活動に、PXG(JMC Golf)の日本地区の立ち上げ、MUQUゴルフのブランディングプランナーを歴任。