2020年秋。筆者・サントス小林とGOETHE編集部は、武豊騎手と馬主・松島正昭氏による凱旋門賞壮行会の席に偶然同席した。その際に、文豪ゲーテの人生訓と、その名を冠した雑誌のコンセプトに共感した松島オーナーが、ディープインパクト産駒(牡馬)の馬名を「ゲーテ号」とその場で命名!
雑誌と同じ名前の競走馬の成長をGOETHE取材班が追いかける連載「走れ! ゲーテ号」WEB版の第4回は、社台ファームで暮らす日常と彼の性格について。連載第3回『坂路を駆け上がるゲーテ号。それを見つめる日本競馬界の偉人』
育成牧場の1日
前号まで、ゲーテ号の馬名申請の流れ、北海道千歳市の育成牧場・社台ファームでのトレーニングの様子など、情景を切り取ってリポートしてきたが、今回は、ゲーテ号の日々のスケジュール、食べ物、そして性格を明らかにしたい。取材に対応してくれたのは、ゲーテ号の育成担当、長浜卓也氏である。
筆者:「一日の流れって、どういう感じなんですか?」
長浜氏:「どの馬もそうですが、早朝4時とか5時に起きて、朝食のカイバを食べて、その後に調教が入ります。で、また昼食のカイバを食べて、午後は、馬の状態を見ながら日によってはトレッドミル(馬のルームランナー)に乗ったり、のんびり過ごしたりですかね。夜もご飯を食べますし、人間と一緒ですよ(笑)」
筆者:「馬も朝昼晩って、3食食べるんですね!」
長浜氏:「そうですよ(笑)」
これまで数々の競馬関係者と会ってきたが、そんなことも知らなかった。何を食べているのか?も興味津々だ。
【↑坂路調教に励むゲーテ号↑】
筆者:「馬ってニンジンを(メインに)食べるんじゃないんですか?」
長浜氏:「よく言われるんですが、多分、ウチ(社台ファーム)だけじゃなく、近代でニンジンを(メインに)食べさせている牧場ってないんじゃないですかね(笑)」
筆者:「えっ?馬ってニンジンが主食だと思ってましたぁ(笑)」
長浜氏:「燕麦(えんばく)とか油分を含んだ飼料がメインで、消化にいいものが基本ですね。馬って腸が長いから、消化に時間がかかるし、一度に沢山食べたら消化吸収も悪くなる」
筆者:「バケツの中に入っているご飯がメインで、隣に吊ってある草(牧草)は?」
長浜氏:「アレはおやつみたいなもんですね。いつでも食べられるように」
本当に知らないことだらけ、だった。「ちょっとずつ何回にも分けて食べるのが基本だ」ということも。馬は草食動物だ、とは知っていたが、燕麦、大麦など(濃厚飼料と言うらしい)栄養価の高い食品(ご飯)を主食としていることも。野生の馬や乗馬スクールの馬は、また違うのかも知れないが、トレーニングをしてエネルギーを消費する競走馬は、人間で言うところの管理栄養士さんがしっかりとそばにいるのだ。
馬の体重って?
筆者は趣味で乗馬をするが、レッスンの後、騎乗した馬は水をガブガブ飲む。競走馬はどれぐらいの水を飲むのだろう?
筆者:「1日にどれぐらいの水を飲むんですか?」
長浜氏が、馬房の世話をしているスタッフに「どれぐらい?」と尋ねた。
スタッフ:「バケツ4回ぐらい変えますね」
そのバケツ、10Lはゆうに入っており、40L以上を飲むことが分かった。
筆者:「そんなに飲むんですか?体重って1日の中でも増減するものなんですか?」
長浜氏:「1日の中での変化は計測したことないですけど、ゲーテ君の体重変化は、9月の初旬に415kgで、11月の初旬に459kgですから、順調そのものだと思いますよ。トレーニングしながら、ちゃんと食べて、それで体重が増えてますからね」
【↑ゲーテ号の息づかい↑】
長浜さんが「人間と同じですよ、何も、馬だからって特別なことはないですから」と、ことあるごとに例え話でわかりやすく説明してくれたので、スンナリ納得できる。アスリートが、トレーニングしながら栄養を正しく摂取し、筋肉をつけ、目的に応じた部位を鍛える。体重管理もしかり、トレーニング内容や、その日の体調によって口にするものも変わるのだ。
筆者:「馬それぞれに、何ていうか、人間の嗜好のように、やっぱり好き嫌いってあるんですか?」
長浜氏:「そりゃありますよ(笑)。人間のように"肉?魚?"って好みを聞く訳じゃないですが……。基本的にカイバは同じですが、全然食べてくれない仔もいたり、1馬1馬の個性ですからね。本当に人間と同じですよ(笑)」
筆者:「ゲーテ号はどうですか?すごくざっくりですが、教えてもらえるとありがたいです」
長浜氏:「食に関してもそうですが、自分で分かっているというか、すごく賢い仔ですよね」
賢いぞ!ゲーテ君
取材に来ている手前、多少のお褒めコメントかも知れないが、ゲーテ号は「賢い」らしい。
筆者:「競走馬における、"賢さ"って何ですか?重要な要素ですか?」
長浜氏:「そりゃ大事ですよ!(笑)。それも人間と同じで、賢い子の方が言うこと聞きますし、自分で理解する能力ってことですから」
筆者:「ワガママな仔でも、絶対能力がある的な(笑)」
長浜氏:「馬ってしゃべれないじゃないですか。よく"大変でしょ?"と言われるんですけど、全然!しゃべれる方が大変ですよ。だって"今日どうだった?大丈夫か?"って聞いたら、人間だったら"ハイ!大丈夫です"って嘘をつく(つける)じゃないですか(笑)。馬はしゃべれないからこそ、触ったり揉んだりした時のリアクションが正直で嘘がないんですよね」
筆者:「なるほど、う~ん、奥深いけど納得できる(笑)」
長浜氏:「競走馬って、引退するまで常に人間と一緒なんです。レースの日も、ゲート発走の直前までもそうですし、たとえばレースのために馬運車に乗った瞬間にスイッチ入っちゃっても困るし、重賞レースなんか、発走時刻が遅いですよね。それなのに、もう午前中から気合い十分じゃね。それが賢さなんだと思います。状況を理解して、いつ、どの段階で本気出せばいいのか?も含めて。ジョッキーは分かってますけど、指示を受けた馬が理解できないとダメですよね(笑)」
【↑周回コースを走るゲーテ号↑】
なるほど。よくレースに勝ったとしても、レース後のコメントで「まだ2歳馬だから、全力で走り過ぎちゃって」と関係者が手放しで喜びのコメントを発しない、その意味の一端が分かった。馬の素質としての能力値は必要だが、成長過程においては素直さであり、理解度であり、賢さは重要である。
お坊ちゃん気質
長浜氏:「人間の言うことを聞けたり、理解できることは、常に人間と一緒にいる生き物として、とても重要です。また、馬にとっても楽なはずです。賢い仔は、いつもと様子が違う(行動や態度で示す)だけで、周りの人間がすぐに気づいてくれますしね」
「自分が競走馬だ!」ということへの気付き。「人間の言うことを聞いていた方が楽チンだし、褒められる」ということへの気付き。それを理解することにより、相互に信頼関係が築かれていくのだろう。
筆者:「ゲーテ号は、たとえば、最初に馬具を装着しようとした時とか、初めて人間が背中に乗ろうとした時とか、どうだったんですか?」
長浜氏:「これはオーナーへの報告レポートにも記載してありますが、ゲーテ君は、全部1発でクリアしました。初期馴致と言いますが、その中でも優等生、非常に賢いスマートな仔でしたね」
筆者:「優等生ですか(笑)」
長浜氏:「人間で言うところの、お坊ちゃん(笑)でしょうかね。ディープの仔ですし、品も良いし、親御さんの血筋を分かっているような(笑)」
頑張れ!「お坊ちゃん」ゲーテ号!
【↑大自然の社台ファームを闊歩するゲーテ号↑】
<次号>
『社台ファームの最新の設備に驚く!』に続く。
連載第3回『坂路を駆け上がるゲーテ号。それを見つめる日本競馬界の偉人』
Santos Kobayashi
1972年生まれ。アスリートメディアクリエイション代表。大学卒業後、ゴルフ雑誌『ALBA』の編集記者になり『GOLF TODAY』を経て独立。その後、スポーツジャーナリストとして活動し、ゴルフ系週刊誌、月刊誌、スポーツ新聞などに連載・書籍の執筆活動をしながら、映像メディアは、TV朝日の全米OP、全英OPなど海外中継メインに携わる。現在は、スポーツ案件のスタートアッププロデューサー・プランナーをメイン活動に、PXG(JMC Golf)の日本地区の立ち上げ、MUQUゴルフのブランディングプランナーを歴任。