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2019.02.03

信長見聞録 天下人の実像 ~第一章 織田信秀~

織田信長は、日本の歴史上において極めて特異な人物だった。だから、信長と出会った多くの人が、その印象をさまざまな形で遺しており、その残滓(ざんし)は、四百年という長い時を経て現代にまで漂ってくる。信長を彼の同時代人がどう見ていたか。時の流れを遡り、断片的に伝えられる「生身の」信長の姿をつなぎ合わせ、信長とは何者だったかを再考する。

信長見聞録

信長のコトバ:「今度はもっと熱心にその仏像に自分自身の命乞いをしてみろ」

青年期の信長が世間から「大たわけ」呼ばわりされたのは有名な話だ。放埒な身なりと酷い行儀ゆえとされているが、もっと大きな背景がある。

父の織田信秀が四十二歳の若さで歿っした時、信長は十九歳だった。この時代の基準では立派な大人だ。まして信長は吉法師と呼ばれた幼少時代から城と専属の家臣団を与えられ、次世代の主として育てられた。文句のつけようのない新当主だ。船出は順風満帆のはずだった。

しかし、現実は真逆だった。

信秀の時代、尾張の国は上と下のふたつに分割され、それぞれに織田伊勢守と織田大和守という支配者がいた。信秀は大和守配下の有力な三奉行のひとりに過ぎない。石高十四万石。一石の米で大人ひとりが一年暮らせたから、十四万人程度の人口を養える計算だ。現代なら、中堅の市の市長というところだ。

商港を支配し資金力には余裕があったらしいが、その〝一市長〞が尾張全土に影響力を及ぼせたのには理由がある。北西を斎藤道三の美濃、東を駿河と遠江を領する大国今川家に挟まれた小国の寄せ集めのごとき尾張は、軍事力をまとめ上げ、東西の大国に対抗できる本物の実力者を必要としていたのだ。尾張の弱小領主の盟主となり、八面六臂の活躍でその役目を務めたのが、戦上手で人望の厚い信秀だった。

その信秀が、四十二歳の働き盛りで突然逝ったのだ。信長が正統な後継者でも、簡単に認められる話ではなかった。信秀の同盟者だった尾張国内の小領主はもとより、一族や家来にとってもそれは同じことだ。

なにしろこの時代、戦に敗れるとは首を切られ、耳や鼻を削がれることだった。後方の妻子も、幸運にも死や強姦を免れたとしても、人質にされ遠国へ売られる運命が待っていた。

信長に自分たちの命を託せるか否か。彼らは命がけで、この若者の行動に注目した。信秀が極めて優れた武将であったがゆえに、息子の信長への評価は厳しくならざるを得なかった。

この若僧に、はたしてあの老練な武将の代わりが務まるか?

「それは無理だ」

というのが、人々の見方であり、だから兄弟までもが反旗を翻したのだ。信長の船出は、猛烈な逆風に晒された。つまりこれが、信長が「大たわけ」と馬鹿にされた話の本当の意味だ。

後世の書物では、たわけは信長の偽装ということになっている。敵を油断させるため、馬鹿者のふりをしたという。面白い話だが、牽強付会だろう。信長は偽装などしていない。彼は常識に背を向け、自分の思うままに行動した。その行為が人々の理解を超えただけのことだ。

一例を挙げる。

信秀の死の直後、信長は父の病気の平癒を祈祷した僧侶を寺に閉じ込め、こう言って鉄砲を撃ちかけたという話がある。

「おまえたちは父の健康について嘘を言ったから、今度はもっと熱心にその仏像に自分自身の命乞いをしてみろ」※

祈祷で命が救えるなら、鉄砲の弾も当たらないだろうという理屈だ。結局、数名の僧侶が落命した。筋は通っている。それを無茶というなら、病気平癒の祈祷はペテンということだ。

この話は宣教師のルイス・フロイスだけが書き残した。日本側の記録には残っていない。当時の日本人には、信長の怒りが理解できなかったのだろう。

※『日本史4』(平凡社/ルイス・フロイス著、柳谷武夫訳)157ページより引用

Takuji Ishikawa
文筆家。1961年茨城県生まれ。著書に『奇跡のリンゴ』(幻冬舎文庫)、『あいあい傘』(SDP)など著書多数。

TEXT=石川拓治

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