単なる運動靴からファッションアイテム、そしてカルチャーの象徴へ─。著名人はもちろん、一般の人たちも自慢の1足をSNSでアップしシェアする。スニーカーに詳しい編集者の小澤匡行氏が思う、スニーカーブームの現在地とは?
スニーカー狂騒の今とその到達点
世界中を巻きこみ、異常ともいえるブームとなっているスニーカー。新型コロナ以前は人気モデルの発売ともなれば、多くのファンたちが数日前からショップの前に長い列をなして並んでいる光景もよく見られた。コロナ禍以降、ネットでの販売が主流になっているが、レアモデルの争奪戦はいっそう激しくなっているといっていい。
その背景にあるのはセカンダリーマーケット、つまり2次流通市場の盛り上がりである。定価の数倍にもなる高価格を表す〝プレ値〞と呼ばれる言葉も定着してきた。大手オークションハウスでもスニーカーが出品され、日本円で億超えの価格で落札されるケースもでてきている。
今、スニーカーの世界でいったい何が起こっているのか?それはかつてのブームとどう違うのか?新書『1995年のエア マックス』の著者であり、雑誌編集者として長年にわたりスニーカーブームの最前線を取材してきた小澤匡行氏に、その実態を聞いた。
「日本で最初にスニーカーブームが起きたのは、’96年前後です。前年にエア マックス95が発売され、それを雑誌カルチャーが後押ししたことで火がつき、スニーカー全体が大きなムーブメントになっていきました」
〝エアマックス狩り〞という言葉がメディアを賑わせていたことを覚えている人もいるかもしれない。そして、’90年代と現在のスニーカーブームの違いについて、情報を得るツールがSNSになったことにより、スニーカーの人気は〝いいね〞の数に左右されるようになったと小澤氏は話す。また、メルカリやヤフーオークションなどのセカンダリーマーケットにおいていくらで売れるのかが、人気のバロメーターにもなっている。
「特に若者に顕著ですが、例えばあるサイトを見て『このスニーカー、カッコいい!』と思っても、在庫がたくさんあるようなものだと買うのを控えてしまう。なぜなら、誰でも買えるものは2次流通市場でも売れないから。つまり、購入する段階から既に売却する時のことを想定しているんです。結果、誰も持っていないようなレアなモデルに人気が集中する。また、レアスニーカーであるほど履かずに保管しておく人も多いので、超人気モデルが発売されても履いている人を街で見かけないという、不思議な現象も起きています。ひと昔前はトレンドは着用率とほぼイコールだったので、話題作が発売されると翌週には街中でそれを履いた人をよく見かけました。今は街の人たちを観察しているだけでは、流行っているモデルがわからなくなっている時代なんです」
こうした背景には、プレ値でスニーカーを購入することへの抵抗感が薄くなってきていることがある。
「かつては定価以上の価格でスニーカーを買うことに対して、ちょっと後ろめたいというか、闇市で買うような感覚をみんなが持っていました。しかし、個人間での売買も当たり前になり、セカンダリーマーケットがブティック化したことで、プレ値で買うことが正当化されているように思います。プレ値は定価と違って、需要と供給のバランスによって変動します。スニーカーの売買に株式市場の仕組みを取り入れた、ストックエックスというサイトの情報などを参考にしながら、日々揺れ動く価格をチェックし、最適なタイミングで売買するという新しいスニーカーの楽しみ方も生まれているんです」
人気モデルに見る多様な価値観の広がり
定価で買うのが正義。そんな価値観は崩れ、わざわざ行列に並んで購入する時間と手間をかけるくらいだったら、プレ値でもすぐに手に入る方法を選ぶ。人々のスニーカーに対する価値観が変化を見せる今、具体的にはどのようなモデルが人気なのだろうか?
「やはり、ナイキのエア ジョーダン1とダンクですね。ともに定番のモデルではありますが、バリエーションとして発売される限定モデルがとにかく人気となっています」
例えば、近年話題になったのが、シュプリームといった人気ブランドとのコラボモデル。発売するなりあっという間に完売し、2次流通市場でもなかなか見ることのできないプレミアムアイテムとなっている。
「他にも、〝OG〞と称されるオリジナルカラーの復刻スニーカーは安定的な人気がありますね。もちろん、オリジナルのヴィンテージモデルも驚くほどの高値で取り引きされています。ヒップホップアーティストのエイサップ・ロッキーが、’85年に発売されたエア ジョーダン1を履いたSNSの投稿が話題になったことがありますが、さすがに同じものは非常に高値なので、一般の人には手が出せない。そのため、コアなスニーカー好きには購入した新品の復刻モデルを敢えてやすりで削ったり、ペンで色を塗って汚したりして、オリジナルのヴィンテージ風にカスタマイズする人もいるほどです」
また、スニーカーブームは世の中の動きとも密接にリンクしている。「2016年にサンフランシスコで設立されたシューズブランドのオールバーズは、サステナブルなものづくりで注目されています。スニーカーを媒介にして、地球の未来を表現しているんです。スニーカー業界全体としても、環境に配慮したモデルが徐々に増えてきているように思いますね」
実際に履いて楽しむことがスニーカーの未来をつくる
今なお過熱を続けるスニーカーブーム。一方、その熱に便乗して、スニーカーを履くためではなく、単なる投資対象や自分の承認欲求を満たすためだけに購入する人も確実に増えている。
「個人的な思いを言えば、もしスニーカーを買いはするけれども履かない人たちがこれからどんどん増えていくのであれば、それは正直言ってつまらないですし、楽しい未来は来ないような気がしています。スニーカーって実際に履くから『あの頃を思いだして懐かしいな』とか、『また履いてみたい』といった感情のリバイバルが起こって、また欲しくなる。そのノスタルジーがあるからこそ、’90年代から今まで何度もスニーカーブームが繰り返されてきたのだと思います」
様変わりするスニーカーカルチャーだが、昔に比べ、ブームを支える層がより広がっていると小澤氏は感じているという。
「私自身、スニーカーカルチャーは若者がつくっていくものだとずっと考えてきましたし、実際にブームの担い手は若者たちでした。でも今はアラフォー、アラフィフ世代も、かつての思い出とともにスニーカーを楽しんでいます。スニーカーは特に、人の想いが乗りやすいアイテム。実際に履いて楽しむからこそ愛着が湧き、よりスニーカーを好きになっていくはずです。年齢に関係なくそういった人が増えていけば、もっと面白いスニーカーのムーブメントが起こるのではないでしょうか」
Masayuki Ozaw
1978年千葉県生まれ。大学在学中に米国留学。帰国後「Boon」にてライター業を開始。現在、メンズファッション誌、カルチャー誌を中心に編集・執筆活動を行う。著書に『東京スニーカー史』(立東舎)、『1995年のエア マックス』(中公新書ラクレ)など。