幼少期に兄から「ジブリを見るな」といわれた漫画家・宮川サトシは、40歳にしてなお頑なにジブリ童貞を貫き通してきた。ジブリを見ていないというだけで会話についていくことができず、飲み会の席で笑い者にされることもしばしば。そんな漫画家にも娘が生まれ、「自分のような苦労をさせたくない」と心境の変化が……。ついにジブリ童貞を卒業することを決意した漫画家が、数々のジブリ作品を鑑賞後、その感想を漫画とエッセイで綴る。
『かぐや姫の物語』レビュー
今から17年前、平井堅さんが「大きな古時計」をカバーして大ヒットした2002年、ド田舎の隅っこで大学生をやっていた私は、その「敢えて今、大きな古時計をカバーしちゃいました」感に、言いようもない苛立ちを感じていました。まだ若くて今よりも元気があったのでしょう、有り余ったエネルギーの弾を何かに思いっきりぶつけたくて、でも表現する手段が思い浮かばなくて、手っ取り早くリビングにあったTOSHIBA製の四角い箱の枠の中にうつる流行り物のすべてに、片っ端からツバを吐きかけながら生きる……そんな青春時代を過ごしていたように思います。
きっともっと早いうちからジブリ作品を観ていれば、あの時兄がジブリを家の中から追い出さなければ。友人も恋人も、文化祭もバンドも、セックスだってもっともっと……いや、やめましょうこんな話は。内側に向かって否定の言葉を投げかけたところで何もいいことなんか無いってことを、40歳になった私は知っています。
それよりむしろ今の自分を祝福したいのです。この歳になってジブリを観始めて高畑監督を知り、え!?ジブリが竹取物語をアニメ化したのは知ってたけどあれって高畑監督だったの?マジで?見る見る!……え?平井堅の「大きな古時計」は鼻についてたのに、ジブリの「敢えての竹取物語アニメ化」はアリなのかって?いや全然アリ! アリアリ!アリーヴェデルチ!だって気になるじゃん!あの高畑監督だよ?普通にはやらないしょ〜?っていうか早く見ようぜ〜?……と、目を輝かせて言えるようになった自分を祝福してあげたいのです。
……というわけで、今月は『かぐや姫の物語』を観てジブりました。桜のようなピンクのジャケット(Blu-rayパッケージ)が春先の今の季節にぴったりでした。
アニメを見てるというか、絵が動いているのを見てる感じ
まず、そのアニメらしくない絵柄に衝撃を受けましたね……。『おもひでぽろぽろ』の回想シーンの背景作画を見た時も「農協とかでもらえるカレンダーのイラストみたいな絵で最高!」と書きましたが、かぐや姫はもう背景も人物も水墨画みたいなタッチで、それでいてめちゃくちゃ滑らかに動くんですよ。これはアニメっていうよりも「動く絵」って感じで、アニメとは別の表現なんじゃないか?と思えるぐらい、絵柄の懐かしさよりも新しさの方が印象に残りました。ど素人の自分にも手間がかかってるのが肌でわかるアニメーション……(アニメーションって言っちゃった……動く絵……)
あのおなじみの昔話の続きが気になるという新体験
自分が初めて「桃太郎」を読み聞かせてもらった時って、で?で?続きはどうなるの?……となったかどうか記憶もありませんが(たぶんなってない)、この「かぐや姫の物語」はめちゃくちゃ続きが気になるんですよ。最後どうなるか知ってるのに早くどうなるか知りたい不思議な感じ。副題?キャッチコピー?の「姫の犯した罪と罰」って何?どういうこと?これに引っ張られて、
あの高畑監督がスーパー古典話をどう表現するのかも気になるし、グイグイ観てしまうんですよね……なんなんだろ、私だけ?おとぎ話の続きが気になるなんて、そんな経験あります……?
グイグイ観てしまう理由を自分なりに考えてみました
●キャラの立て方がお上品
絵本や古典の授業で見聞きしてきた「竹取物語」って印象的な設定のみで、実はキャラがそんな立てられてないんですよね。それだけに昔話(おとぎ話)って二次創作が作られやすくて今尚こすられ続けているのだと思うのですが、この高畑版のかぐや姫の物語はそのあたりのキャラの深掘りがヤリすぎてなくて核心突いててとにかく絶妙なんですよ……めちゃめちゃ上品。キャラを立てすぎて別人格になってないというか、ちゃんと古典のかぐや姫のまま2000年代仕様にアップデートされた感じで、赤ちゃん時代からひと時も目が離せないほど(トイレ行きたいのを我慢して見入っちゃうほど)魅力的なんですよ……マジで。系統で言えばナウシカとかの女性像なんですが、生命体としてかぐや姫の方がより自然。
ちなみに最後に月から姫を迎えにくる天人たちも、今風にUFOとかに乗せたりずに"でかいナンみたいな雲の乗り物"程度に留めたところも上品。私なら安易にバカでかいUFOに乗せてたと思います。
後々愛情のかけ方がズレていってしまう竹取の翁(姫を拾ってきたジジイ)がまた良くて、急成長する赤ちゃんかぐや姫が初めて立ち上がった時の、親としての喜びっぷりの描写だけでもこのBlu-ray(5,272円)買った価値あります。
●時折やってくる奇妙な怖さのアクセント
この映画、チョコチップメロンパンのチョコチップ並みに「怖さ」みたいなものがちょくちょく紛れ込んでて、それらもグイグイ引き込まれるアクセントになってたように思います。
赤ちゃん時代のかぐや姫の動きとか描写なんて本当素晴らしくて、子育て真っ盛りだった私にとってもたまんなかったんですが……一方でその異常な成長速度とか、嫗(ジジイの嫁)から突然不可思議に母乳が出始めるシーンとか、ジョジョのスタンド攻撃に遭ってるみたいな奇妙さを感じたんですね。
成長した姫が時折見せる新井英樹先生が描くガラス玉のような目とか、姫を迎えに来る月の使者たち・天人(あまんちゅって読むのかな……?)の、人間からの抵抗を無効化してしまう圧倒的なチカラとか、人間じゃどうにもできない存在の描き方も全部が怖い。天人(あまんちゅはさすがにないか……沖縄感ないし)たちが降りてくる時のエレクトリカルパレードみたいな曲もむしろなんかもう逆に怖い……。
かぐや姫が最後に帰る月の天人の世界というのも、俗世のように悩んだり憂いたりラジバンダリすることがないそうで、それがどうも「あの世」というか、高畑監督の死生観を表しているような気がしてきて、尚更怖かったりするんですよね。
「悩みがなくなることって怖いことだよな」と、そんなことを思ってみたりラジバンダリ……いや本当冗談抜きで。
ちなみに、ネットでもたまに見かけたことのある帝のアゴについては特に怖いともなんとも思いませんでした、ノリが悪くてすいません……。
ついでに姫から課された無理難題がちょっとイメージしづらいのでこれも考えてみました
姫が求婚してくる貴公子たちに課した無理難題の内容(蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、竜の顎の珠、燕の子安貝)がいまいちピンとこなくて、これはもっと今っぽくアップデートしてもいいんじゃないかな?と思ったので、私なりにちょっと趣味のレベルですが考えてみました。ここ、めちゃくちゃどうでもいいコーナーなのでスキップしてもらって全然大丈夫です。
結論:……とは言え、やっぱり「竹取物語」だった
このジブリ童貞のジブリレビューを書く時って、毎回Blu-rayを買ってるので最低5周は見るようにしていて、今回も連続でそのまま2周目に突入したんですね、暇なんかよって話ですが。で、2周目の冒頭で、おや…?と、ちょっと違和感を感じたんですよ。
これ……黄桜のカッパのCMみたいだな……。
そう、今作の売りであるあの独特なタッチのアニメーションに目が慣れてしまったんですよ、嘘みたいな話ですが。あんなに「こりゃあ世にも珍しい動く絵だ!」とか絶賛してたのに、「黄桜のカッパのCM」や「一休さん」のアニメを観てるのとあんまり大差なく感じてしまうぐらい麻痺してしまったんです、マジかよ〜……。
もうそうなると途端に退屈になるというか、お話自体はどこまでいっても「竹取物語」ですから、1周目で感じた何度も観たくなる魅力が突如しぼんでしまった気がして、これがトトロだったらもう20回ぐらいは観てていまだに観てられるので……アニメって、いや、ジブリって難しいですね……。
ただ、この先「かぐや姫・竹取物語ってどういう話?」と娘に聞かれたら、この『かぐや姫の物語』を頭に思い浮かべて丁寧に説明すると思います。
姫が犯した罪というのは、私の解釈では「大地での暮らしに憧れてしまったこと」、罰というのは「大地での暮らしに不満を持って一瞬でも帰りたいと思ってしまったこと」なんじゃないかと思うんですが、これもそれっぽく解説して、インテリ風を気取ってやろうかと思っています。
自分の中での『竹取物語』の情報は生涯これかなと、それぐらい完成度の高い映画でした。
次回のジブリ童貞は……?
だんだんと残りジブリが少なくなって参りました。次こそポニョでしょうか……どうもおじさんの私には食指が動かないのですが……。他にもこれ見逃してるジブリよ!というのがあれば教えてくださいね。