若者のクルマ離れ、カーシェアリングの隆盛などなど、自動車を取り巻く環境は大きく変わりつつある。千葉県・木更津市にオープンしたポルシェ・エクスペリエンスセンター東京は、これからの自動車メーカーはどうあるべきかを考えるための格好の教材だ。 連載「クルマの最旬学」とは……
都心から約1時間、クルマの楽園へようこそ
最近のスーパーカーは性能があまりに高いので、一般道では実力のほんの一部しか味わうことができない。仮にサーキットに持ち込んだとしても、我流ではなかなか運転技術は向上しないから、クルマ本来のポテンシャルを引き出すことは難しい。
ポルシェのオーナーでなくても、もし高性能車やスポーツドライビングに興味がある方なら、一度は訪ねてほしいのが千葉県木更津市の「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京(以下PEC東京)」だ。2021年にオープンしたこの施設は、43ヘクタール、東京ドーム9個分という広大な敷地に、いくつかのコースが設けられている。そしてポルシェのほとんどすべてのモデルが用意され、熟練のインストラクターがマンツーマンでドライビングを教えてくれる。
ポルシェジャパンによれば、スピードやタイムを競うサーキットでもなく、販売店でもなく、ポルシェのパフォーマンスを存分に発揮することを目的にしたコースだという。
同様の施設は世界に8つあり、こちらが9番目のPECとなる。コースのコンセプトは全世界のPECで共通で、前述のインストラクターもグローバル基準の講習を受けている。
PEC東京でメインとなるコースは、ハンドリングトラックと呼ばれる1周2.1kmの外周路。富士スピードウェイをはじめとして、数多くのF1規格のサーキットを設計しているドイツ人、ヘルマン・ティルケが手がけたことで話題となった。自然破壊を防ぐために、造成前の地形を活かしたことがポイントで、結果として40メートルの高低差がある起伏に富んだコースになった。
クルマ好きにとってうれしいのは、有名サーキットの名物コーナーが再現されていること。ドイツのニュルブルクリンクサーキットのカルーセルというヘアピンコーナーと、アメリカのラグナ・セカのコークスクリューという、下りながらぐいっと曲がる難所を体験することができるのだ。実際に走ってみると、こんなに難しいコーナーでバトルをしているのか、と目から鱗が落ちること必至だ。
ほかにも、ドリフト走行が学べるドリフトサークル、スピンの姿勢から立て直す技術を身につけるキックプレート、意外と試す機会がないフルブレーキングやフル加速を体験できるダイナミックエリア、つるつるの路面でテクニックを磨くローフリクションハンドリングトラックが設置される。また、SUVにお乗りの方でもオフロードを走る機会はめったにないけれど、ここPEC東京には最大約40度の急斜面のオフロードエリアでポルシェのSUVの能力を知ることができる。
免許をお持ちでない方も大歓迎
オープンから約1年、来場者におけるポルシェオーナーの割合は5割程度で、つまり半数は他社のクルマにお乗りの方だという。がっちがちのスポーツ走行愛好家もいらっしゃるけれど、なかには「パートナーのポルシェ911を運転できるようになりたい」という目的でやって来た女性もいるとか。PEC東京では、運転が上手な男性と一緒に走ることに引け目を感じる女性のために、女性だけのレッスンも企画している。
家族やパートナーを誘いやすいのは、レストランとカフェが充実しているから。特にレストランのシェフは、某有名ホテルで腕を振るっていた方で、リーズナブルに本格的な味が楽しめる。これが評判になって、食事だけのためにこちらを訪れる地元の方も多いとか。
また、プロも練習に使うほど本格的なドライビングシミュレータや、助手席体験など、運転免許をお持ちでない方でも楽しめるメニューが用意されている。事実、関西からやって来た男子高校生は、運転免許なしで楽しめるメニューを満喫した後で、「将来、免許を取ったら絶対にポルシェを買います」と言い残して、帰っていったという。
また、コースや施設の一部を貸し切りにして、従業員の福利厚生イベントや、クライアントを招く接待に使うなど、さまざまなリクエストに応じているのもこの施設の特徴だ。
興味深いのは、外周路を使って地域密着型のマラソン大会を開催したり、千葉県木更津市のふるさと納税の返礼品としてPEC東京のドライビング体験を購入することができることだ。
つまり、単にポルシェの魅力をアピールするだけでなく、地域に根づいた施設になろうと考えているのだ。ポルシェジャパンは、ほかにも東京大学先端科学技術センターとのコラボレーションで、若者が夢を持つためのスカラーシップ「LEARN with Porsche」にも取り組んでいる。
自動車メーカーはクルマを売るだけの存在ではなく、クルマを楽しむ体験を提供することや、企業市民として社会と共生することが大切なのだ──。ポルシェの一連の動きからは、こうしたメッセージが伝わってくる。
Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。