ヨーロッパの主要国では、すでに新車販売台数の10台に1台が電気自動車になっている。そうした状況で、メルセデス・ベンツは最上級の電気自動車を発表した。エンジン車の生みの親は、どんな未来を提示するのか? 連載「クルマの最旬学」とは……
高級な乗り物の形が変わった
さまざまな分野で、「ラグジュアリー」の形が変わりつつある。ハイファッションや高級ジュエリーのブランドは製品のトレーサビリティにこだわるようになり、サスティナビリティを意識するレストランも増えている。では、クルマの分野ではどうだろうか。この秋、メルセデス・ベンツが発表した最高峰の電気自動車、EQSに試乗してみた。
メルセデス・ベンツは、自社の電動車両のブランドをEQと名付けた。EQSとは「電気自動車におけるSクラス」を意味するから、現時点におけるメルセデス・ベンツの最上級のBEV(バッテリーに蓄えた電気だけで走るピュアな電気自動車)ということになる。
BEV専用に設計されたEQSは、パッと見た瞬間から新しい高級車だ。なぜなら、これまではエンジンが収まっていた長いボンネットがぎゅっと短くなり、その代わりに人が乗るキャビンの部分が長くなっているからだ。胴が長いスタイルは、ダックスフントを思わせないでもない。
これは、ちょっとした変化のように見えるけれど、実は大きな変化だ。というのも、これまでの自動車は8気筒、12気筒とエンジンが大きくなるほど高級だとされてきた。長いボンネットは、ステイタスの証だったのだ。さらに遡れば、馬車だって馬の数が多いほど(=先頭部分が長いほど)高級だったわけで、胴長のEQSは、長い年月をかけて人々の意識に刷り込まれていった、高級な乗り物の形を根底から覆したことになる。
大型のタッチスクリーンが中央にドンと構え、助手席側にも液晶パネルが設置されるインテリアも新しい。ただし、運転の操作自体は従来のエンジン車と変わらず、このあたりはエンジン車のユーザーがスムーズにBEVの運転に移行できるように配慮されている。
シートをはじめとする内装の素材の上質さはさすがSクラスで、運転席に座ってステアリングホイールを握っているだけで、いいモノ感がひしひしと伝わってくる。
電動化の功罪
日本に入ってくるEQSは、後輪駆動のEQS450+(最高出力が333p)と、4駆の高性能版AMG 53 4MATIC+(最高出力が658ps)の2つのグレードになる。今回試乗したのは前者で、WLTPモードで1充電あたり700kmの航続距離を誇るモデルだ。
駐車場を出る時に真っ先に感じたのは、小回りが利くということで、5メートルを優に超えるボディの長さを感じさせない。これは、後輪も舵を切る機構によるもので、スペックを見ると、最小回転半径は、実用コンパクトカーと同等だった。この仕組みは低速では小回りが利くように、高速走行時には車体を安定させるように働く。
取り回しのよさの次に感じたのは、乗り心地と操縦性のよさだ。エアサスペンションを最新の電子制御システムでコントロールする足まわりの仕組み自体は、エンジンを積むSクラスと変わらない。
それなのに、しっとりとした湿り気を感じさせる乗り心地や、路面に吸い付くような安定感を感じさせるのは、床下にバッテリーを積む重心の低さの賜物だろう。重心が低いから、足まわりを硬くしなくても踏ん張りが利く。
もうひとつ、エンジン車は鼻先に重たいエンジンを積むから、カーブを曲がる時にどうしても不安定になる。一方、重量物のバッテリーを車体中央に集めたEVは、動きが安定する。先端におもりをぶら下げたバットと、手元におもりをつけたバットのどちらが振り回しやすいかを想像するとわかりやすいだろう。
構造的に、BEVのほうが快適な乗り心地とコーナリング性能を両立させやすいのだ。
対して、むむむと思ったのが、モーターによる加速だ。といっても、力強さ、滑らかさ、静かさと、すべてにわたって120点満点で、文句のつけようがない。アクセルを操作すると、まさに電光石火のスピードで反応してくれるから、運転も楽しい。
けれども、つい先日乗った日産の軽自動車のBEV、日産サクラもパワーの違いはあるにしても、静かさといいスムーズさといい、文句のつけようがなかった。
軽自動車の660ccの3気筒エンジンと、SクラスのV型8気筒ツインターボエンジンは、パワーも滑らかさも官能性も、天と地ほどの差があった。けれども、日産サクラとメルセデス・ベンツEQSのモーターには、エンジンほどの大きな違いはない。
これまで、高級車を高級車たらしめていたのは、サイズ感や質感を含めたデザイン、静かで快適な乗り心地、そしてエンジンの存在感だったと思う。BEVの時代になると、モーターではエンジンほどの差別化が図れなくなる。
もっと快適にするのか、さらにゴージャズにするのか、それともまったく別の方法で差別化を図るのか──。
冒頭でラグジュアリーのあり方が変わりつつあると記したけれど、エンジン車の父であるメルセデス・ベンツの最上級BEVに乗りながら、クルマにも同じことが起こっていることを体感した。BEVの時代の高級車とはどのようなものになるのか。そのチャレンジは始まったばかりで、まだ見ぬ未来に少しわくわくしている自分がいる。
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メルセデス・コール TEL:0120-190-610
Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。