世の中には、高級車と呼ばれるモデルは星の数ほどある。そのなかで、明らかに異質の輝きを放っているのが、DS 9というフランス車だった。連載「クルマの最旬学」とは……
高級車のトレンドをガン無視する「DS 9」
フランスのマクロン大統領が公用車として使う「DS 9」というモデルを紹介する前に、まずDSというブランドを説明する必要があるだろう。
一般に、DSはシトロエンから独立した高級ブランドだと認識されている。それは間違いではないけれど、メルセデス・ベンツをよりパワフル&ラグジュアリーに仕立てたAMGとも、トヨタ車をより洗練させたレクサスとも、立ち位置が異なる。
より前衛的に、よりモードにといった具合に、アーティスティックな路線に振ったのがDSで、「高級=保守」という路線とは一線を画している。
DSは公表していないけれど、このブランド名が、1955年にデビューして自動車業界に衝撃を与えたシトロエンDSに由来するのは間違いない。シトロエンDSは、「宇宙船のような」と称されたデザインと、ハイドロニューマティックという独創のサスペンションシステムがもたらす乗り心地によって、高級車の概念を覆した。
この名称を採用したことからも、DSがアヴァンギャルド路線を狙っていることは明らかだろう。
まず、外観を見てみよう。
近年の高級車のデザインにはひとつのトレンドがある。それは、シャープなラインや複雑な面の構成で個性を表現するのではなく、全体のフォルムで勝負するというものだ。典型的なのがメルセデス・ベンツやレンジローバーで、装飾や演出を控えることで、削り出しの金属を磨き上げたかのような、トゥルンとした佇まいとなっている。
ところがDS 9はどうだ。そうした“引き算の美学”を無視するどころか、真逆の方向に突き進んでいる。
エッジィなラインを廃するどころか、ボンネットのど真ん中にはセイバーと呼ばれるギラリとしたラインを走らせる。テールランプを灯すと、ちりばめられた三角錐のモチーフが華やかな雰囲気を醸す。この三角錐は、ルーヴル美術館のガラスのピラミッドからインスピレーションを得たものだという。
外観と同様、インテリアも昨今のトレンドをガン無視している。昨今のトレンドとは、できるだけスイッチやダイヤルを減らしてタッチスクリーンにインターフェイスを一元化するというもので、結果としてインテリアもシンプルな方向に進んでいる。
ところがDS 9はどうだ。シフトセレクターの周囲にスイッチの類を残しているだけでなく、前述のピラミッドのモチーフを反復することと、高級腕時計に使われるギョシェ彫りという手法でさらに目立たせているのだ。そして、ギラリと輝くエンジンのスターターボタンを押すと、B.R.M.というフランスメーカーの時計が反転して盤面が現れる。
筆者が試乗した高級仕様の「OPERA」は、シートも凝っており、腕時計の革のストラップをイメージしたものだという。インテリアは、クルマというよりも、高級腕時計をデザインするかのように、細部まで丁寧かつ繊細に作り込まれているのが印象的だ。
力こそ正義、にあらず
いざ走らせてみても、DS 9は他の高級ブランドと違う。どこが違うのかというと、力こそ正義だとは考えていないことだ。
話が横道にそれるけれど、ご存知のようにクルマは馬車の後継者だ。馬車の場合は、4頭仕立て、8頭仕立てと、馬の数が多くなるほどに、高級になった。クルマもこの流れをくんで、300馬力、500馬力とパワフルになるほどに、高級だと認められるのが一般的な考えだ。
ところがDS 9はどうだ。エンジンは1.6ℓの直列4気筒ガソリンターボ。最新の技術によって1.6ℓでも225馬力の最高出力を発生するから、高速道路の追い越し車線だってバンバン走れるけれど、超絶パワーを誇る最近の高級車とは根本的な考え方が違う。
もともと、第二次世界大戦後のフランス車は、それほどエンジンパワーを重視してこなかった。効率的でスムーズならそれでよし、という合理的な割り切りがあった。
DS 9にはガソリンエンジン仕様(Pure Tech)のほかに、プラグインハイブリッド仕様(E-TENSE)もラインアップするけれど、PHEVもベースとなるエンジンは同じだから、動力性能が飛躍的に向上することはない。
スムーズで心地よく走るけれど、エンジンが出しゃばることがないDS 9には、そうしたフランス独特の合理的な考え方を見ることができる。フランスを代表するモータースポーツの催しであるル・マン24時間レースでは、1960年代に「熱効率指数賞」という効率を評価する指標で表彰されるようになったことを思い出す。
乗り心地も独特だ。イタリア製のスポーツセダンのようにシャープでもなければ、ドイツ製高級セダンのように重厚というわけでもない。
路面の起伏に合わせて、4本足の動物のように足回りをうねうねと伸び縮みさせて、路面からのショックを和らげる。山道でスパッとハンドルを切るような乗り方よりも、地平の彼方を目指してリラックスしてハンドルを握るような乗り方が似合う。もはやハイドロニューマティックのような特殊な足回りの仕組みは採用していないけれど、なるべくドライバーに負担をかけずに長距離を移動させたい、という狙いは通じているのだろう。
やはりフランスのオーディオメーカーであるFOCAL(フォーカル)のサウンドシステムが奏でる音楽を聞いていると、クルマより生活を大事にしている人のためのクルマ、という気がしてきた。
決して万人受けするモデルではないし、だれにでもお薦めというモデルではない。でもハマる人は、沼の底まで引きずり込まれるはずだ。
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DS AT YOUR SERVICE(DS コール) TEL:0120-92-6813
Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。