自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける本連載。今回は、新型レンジローバーの試乗インプレッションをお届けする。【過去の連載記事】
ブルーオーシャンからレッドオーシャンへ
いまや世界中の自動車メーカーが高級SUVをラインナップしているけれど、そのオリジナルは間違いなく1970年に登場した初代レンジローバーだ。開発者のチャールズ・スペンサー・キングのコンセプトは、「ランドローバー(現在のディフェンダーに通じるオフローダー)の悪路走破性能と、ローバー製高級サルーンの快適性を融合する」というもので、これが英国王室をはじめとするヨーロッパのセレブリティにバカ受けした。
初代レンジローバーは1996年まで生産された長寿モデルで、いまなお"クラシック・レンジ"と呼ばれ中古車市場で人気を集めている。
初代のデビューから約半世紀の時を経て、5代目となる新型レンジローバーがお披露目された。この半世紀での大きな変化は、高級SUVのライバルが続々と登場したことだ。
かつてのレンジローバーは、「砂漠のロールス・ロイス」と呼ばれてブルーオーシャンを悠々と泳いでいたけれど、いまやそのロールス・ロイスがカリナンというSUVを用意するぐらいで、世界中にライバルが存在する。
そんな状況で登場した新型レンジローバーであるけれど、結論から言えば、やっぱりレンジローバーには圧倒的な存在感があった。以下、新型レンジローバーのファーストインプレッションを記したい。
まずなにがいいって、ルックスがいい。初代レンジローバーから引き継がれているテイスト、具体的にはルーフからボディ後端に至るデザイン処理や、前後左右のガラス面積の広さなどで"レンジらしさ"を醸しつつ、ボディのつなぎ目や出っ張りのないツルンとした表面処理によって、新しさも表現している。
このツルンとしたデザインは、イヴォークやヴェラールなど、レンジローバーファミリーに共通するもの。連想するのはスムージングと呼ばれるカスタマイズカーの手法で、ストリートの流行を高級ブランドが採り入れるあたりは、ファッションの世界と似たものを感じる。
インテリアは、贅沢だけど控えめ、豪華だけどギラギラはしていない絶妙の塩梅で、このあたりの線引きはイギリス人の得意技だ。ご多分にもれず、レンジローバーもスイッチやダイヤルを減らしてタッチパネルで操作するインターフェイスに移行しており、インテリアの眺めはシンプルですっきりしている。実に好ましい。
試乗したのは、標準ボディより全長が200mm長いロングホイールベース仕様。けれども、ビルの地下駐車場でも取り回しは悪くない。まずひとつに、伝統のコマンドポジションによって、ボディの四隅がつかみやすいことがある。コマンドポジションとは広いグラスエリアと高い着座位置によって悪路でも見晴らしがよくなるドライビングポジションで、密林や渡河で役立つものは、コンクリートジャングルでも有効なのだ。
もうひとつ、後輪も向きを変える4輪操舵が大きな効果を発揮して、小回りがきくようになっている。乗り込む時には「でっけぇ」と思うけれど、運転席に収まれば意外と扱いやすいのだ。
速度やタイムより、心地よさが大事
走り出して真っ先に感じるのは、ふんわり軽い乗り心地のよさ。そして速度が上がるにつれてどっしりと重厚な乗り心地に変化するあたりが、心地よいし興味深い。これはエアサスペンションの手柄だろう。SUVとして初めてエアサスを採用したのがレンジローバーであるけれど、電子制御システムの進化もあって、乗り心地はさらに洗練されたものになった。
おもしろいのは、直線ではソフトな乗り心地なのに、コーナーではしっかりと踏ん張って安心感を伝えてくれることで、このあたりはエアサスのチューニングの巧さと、最新のボディ設計の賜物だろう。乗り心地のよさとコーナーでの安定感のバランスは抜群で、「世界高級車、乗り心地番付」をつくったら、大関以上は間違いなく、横綱も狙える。
試乗車のエンジンは4.4ℓのV型8気筒エンジンで、きれいに回転を上げる様子や、耳に心地よい音を発するあたり、ただパワフルなだけでなくドライバーを気持ちよくさせる、もてなしの心が感じられる。
こうしたドライバーを気持ちよくさせるという点が、レンジローバーの最大のウリだ。カーブでハンドルを切った時、あるいはアクセルペダルを踏み込んだ時、スポーツカーのようにバチッと反応するような振る舞いは見せない。一瞬のタメのあとでじんわりと反応するあたりが、機械ではなく生き物を操っているような不思議な感覚になるのだ。機械なのに体温を伝えるあたりは、ジャガーなど、イギリスの高級車の共通の特長だ。こういうよさがわかると、歳をとるのも悪くないと思わされる。
PHEV(プラグインハイブリッド)仕様はすでにラインナップされ、将来的にはBEV化も見据えている新型レンジローバーであるけれど、並み居るライバルのなかで、高級SUVの先駆者が再び先頭に立ったというのが率直な感想だ。すでに世界的に好評を博しており、バックオーダーを軽減するために、一部グレードでオーダー受付の制限をするほどの人気になっているという。
Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。