ART

2022.10.18

現代美術家・李禹煥の作品を訪ねて直島に行くべき理由――アートというお買い物

東京と神戸で大規模な個展を開催する現代美術家、李禹煥。ミニマルで静謐な彼の作品は、もの同士の関係、ものと見る者の関係により成り立つ。見る者は作品の意味をそれぞれに解釈していいのだが、その助けの一つはどこにどう置かれているかだ。連載「アートというお買い物」とは……

李禹煥「関係項-合図」(2010)写真:山本糾

李禹煥《「関係項-合図」2010》  写真:山本糾

世界に先駆け、李禹煥美術館がつくられた直島

「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」が開催中だ。これは「兵庫県立美術館開館20周年記念 李禹煥」として、2022年から2023年にかけて、関西にも巡回する。李禹煥は1936年、大韓民国慶尚南道生まれ。大学在学中に来日、日本語や哲学を学び、その後、日本で美術家としてのキャリアをスタートさせた。戦後日本の美術の大きなムーヴメントである「もの派」を理論的にも主導した、その中心的作家である。

幼少期、韓国で習った書、もともと文学に強い関心もあり、日本の大学で学んだ哲学、のちにニューヨーク近代美術館で見たバーネット・ニューマンの絵画など、さまざまな要素が彼の中で醸成され、独自の作品や著作を生み出す。鉄板、ゴム板、ガラス板、石、木、水を用いながら、共時的に存在し、相互に関係し合うものとものの関係、ものと空間の関係、ものと人の関係による世界観を語ってきた。

李禹煥美術館「出会いの間」 写真:山本糾

李禹煥美術館「出会いの間」  写真:山本糾

日本や韓国のみならず、欧米でも高い評価を得ている李禹煥は2014年、フランスのヴェルサイユ宮殿で大規模な個展が開催され、2019年にはポンピドゥー・センター・メッスでも個展を実施。あらためて世界的な注目を集めた。一方、2015年、釜山市立美術館敷地内に「李禹煥ギャラリー(Space Lee UFan)」を開設し、今年、アルルにも美術館「李禹煥アルル(Lee Ufan Arles)」をオープンした。それは16世紀に建てられた邸宅を改修したものである。

李禹煥美術館  写真:山本糾

李禹煥美術館 写真:山本糾

そのように世界的に活躍する李禹煥だが、直島に2010年に開館した李禹煥美術館が世界最初の彼の美術館ということになる。建築は安藤忠雄が手がけた。安藤はアルルの美術館の改修にも協力している。直島の李禹煥美術館は木々に囲まれ、海の開ける抜群のロケーションにある。

李禹煥美術館 手前の作品は《「関係項−対談」2010》 写真:山本糾

李禹煥美術館 手前の作品は《「関係項−対談」2010》 写真:山本糾

建物の前庭にあたる「柱の広場」にはオベリスクのような18.5メートルの柱が立つ。これは《「関係項−点線面」2010》の一部だが、このように自然石や鉄板を素材とする「関係項」のシリーズが点在している。ここからすでに訪れた者を哲学的な思考に誘導する。これは自然と文明の対比か共生か、あるいは東洋と西洋の出合いか。

李禹煥「関係項-沈黙」(2010)「沈黙の間」にて。 写真:山本糾

李禹煥《「関係項-沈黙」2010》「沈黙の間」にて。 写真:山本糾

美術館の動線に沿って進んでいくと、山に分け入るような、洞窟に導かれるような気持ちになる。建物は半地下につくられているからだ。歩を進めるにつれて、空気が変わる。しだいに音も静まり、匂いも変わる。展示された作品と建築によって、そこに身を置く者は静寂さと自分がいる空間の座標を体感する。どの部屋も天から光が差している。

李禹煥「対話」(2010)「瞑想の間」にて。 写真:山本糾

李禹煥《「対話」2010》「瞑想の間」にて。 写真:山本糾

部屋は大小いくつかあり、なかでも「瞑想の間」では履き物を脱ぐことで足からも得られる感覚がある。特に西洋の人には新鮮かもしれない。そういった部屋にはそれぞれ「関係項」のシリーズや1970年代からの絵画のシリーズが展示されている。

李禹煥「無限門」(2019)写真:山本糾

李禹煥《「無限門」2019》 写真:山本糾

再び外に出て、柱の広場に戻り、海に向かっていくと、まるで海へのゲートのように《「無限門」2019》が立っている。自然石に挟まれたステンレスの門。そしてその間を通る道もステンレス。ヴェルサイユ宮殿で開催した個展ではあの名庭に至る門だったが、ここ直島では地上から海へ、海側から地上へと誘う門だ。太古、海で生まれた生物が陸に上がってきたこと。海の幸、山の幸によって、生かされていること。門によって境界をつくることは守ることの知恵であり、ときに対立を呼び、愚かな戦いを引き起こしてきた。人それぞれに思いが巡るだろう。そんな思考を呼び起こすことを、李禹煥は石と鉄板だけでつくられた作品で仕掛けるのである。

東京あるいは神戸で李禹煥の展覧会を見たならば、ぜひ直島にも足を運んでほしい。都市の美術館にはその利便性があるのはもちろんだ。しかし、類似の作品だとしても、展示する建築空間や美術館のロケーションによって、見え方がどう違うか、さらには作品が呼び覚ます思考や啓示が明らかに異なることを実感できる。都市での展覧会で見えなかったもの、あるいは、都市だからこそ見えたもの、考えられたことがわかるかもしれない。

李禹煥美術館
TEL:087-892-3754(福武財団)
開館時間:3月1日~9月30日10:00~18:00(最終入館17:30)
10月1日~2月末日10:00~17:00(最終入館16:30)
休館日:月曜 ※祝日の場合開館、翌日休館
料金:¥1,050 ※15歳以下無料

「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」
場所:国立新美術館
会期:~2022年11月7日(月)
詳細は公式HPまで

「兵庫県立美術館開館20周年記念 李禹煥」
場所:兵庫県立美術館
会期:2022年12月13日(火)〜2023年2月12日(日)
詳細は公式HPまで

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

過去連載記事

■連載「アートというお買い物」とは……
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

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TEXT=鈴木芳雄

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