モノが溢れる時代のなかで、誰かの手元に残り、長年愛用される品。その理由には、手にするまでのストーリーや持ち主をクスッと笑わせるウィットがあるのではないか。デザイナー森田恭通の連載「経営とは美の集積である」Vol.24。【過去の連載記事】
末永く愛せる相棒とは──
最近購入したもののなかで、これは長い付き合いになりそうだなと思うものがあります。妻の誕生日のサプライズに、小道具として購入したロブマイヤーのトラベラー。いわゆる旅行用のグラスです。誕生日の旅行に行く際に「暖かい格好をしてね」とだけ告げ、本人には到着地を教えないサプライズの旅でした。行先はニセコ。でも空港からホテルまで車で3時間かかると聞き、車中でシャンパンを飲もうと考えたのですが、グラスをどうしようかなと。旅先で部屋飲みする際も、紙コップやアクリルコップではちょっと味気ない。それがエレガントなバーガンディカラーのケースからグラスが出てきたら、それだけで気持ちもワクワクしますよね。妻もそれを見て大喜びしてくれました。
ちょうどいい気分になっていたところ、運転手さんが突然車を止めるので、どうしたのかな? と思ったところ「鹿の親子がいますよ」と教えてくれ、動物好きの妻はスマホで鹿の親子を撮ったりと、ますますテンションアップ。運転手さん、とてもいい仕事をしてくれました(笑)。そんなよい思い出とともに、これからの僕、そして森田家の旅にトラベラーは大切な相棒となる予感。
もうひとつは、あのカール・ラガーフェルドの遺品のペーパーナイフです。彼はフランスファッション界の帝王と呼ばれた人ですが、自分はアーティストでないと言い切り、デザイナーとして生涯を終えた人。何を作り、どうしたらエンドユーザーが喜ぶかを常に考え、ファッション界を牽引されてきたと僕は思います。尊敬すべき彼の遺品を何かひとつでも手に入れたいと、パリで開催されたオークションに電話で参加しました。僕はこれから、使いこまれ、K・Lのイニシャルが刻印された小ぶりのナイフを、彼の仕事に対する真摯な心を継ぐような気持ちで使っていきたいと思います。
飾るものより、使えるものが僕にとっては日常を楽しくする要素となります。欲しいと思うものを世界中から手に入れることができる時代。そのなかから吟味され、手元に長く残るものは、手に入れるまでの過程や時間ですらも楽しい。さらにそこにウィットに富んだ要素が加わると、森田的にはどストライクなわけです(笑)。
エルメスにプティ アッシュという製品があるのをご存知でしょうか? ほかのメチエ(部門)で使われない素材を、自由で遊び心に溢れた作品へと生まれ変わらせる、逆さまのプロセスです。「石」に、ステッチの入ったレザーを張ってハンドルをつけたドアストッパーや、レザー製の鳥の頭がついたはたきなど。プティ アッシュは、自由で独創的な作品好きの僕にとってのワンダーランド。ワクワクすることが大好きな方への贈り物の時に選ぶことも多いです。
デザインする際に思うのは、この世に存在する“モノ”は、必ず以前に誰かが作ったことがあるということ。そこに初めて見たかのような新鮮さを与えるのがデザインの力です。そこに少しだけ視点を変えたり、クスッと笑えるようなウィットを含ませ、センスよくまとめられるよう、いつも試行錯誤しています。いつか、そんな風に僕が作ったものが、かけがえのない誰かの相棒になれたら、デザイナー冥利に尽きるというものです。
Yasumichi Morita
1967年生まれ。デザイナー、グラマラス代表。国内外で活躍し、2019年オープンの「東急プラザ渋谷」の商環境デザインを手がける。その傍ら、’15年よりパリでの写真展を継続して開催するなど、アーティストとしても活動。オンラインサロン「森田商考会議所」はこちら。